スガさん中編 | ナノ



「ありがとう…スガ…」

私とスガは無事結ばれた。という言い方はどこか固い気がするから、付き合い始めたと言おう。私とスガは無事付き合い始めた。
互いが互いに何か誤解していたようで、随分と遠回りをしたが、丸く収まった。昨日スガが言った「好きな人」は私のことだったのだ。誰が予想できただろう。

スガになぜ私の好きな人がノヤ先輩だと思ったのかを尋ねると、一緒に登校してたから。楽しそうに話していたから。と言われた。ノヤ先輩とは家が隣であることを伝えたらすごく驚かれた。それと同時に、気が抜けたみたいで、安心したように笑顔を見せてくれた。

私は裸足で逃げ出してしまったので、足の裏はひどく汚れている。だから、水道で足を洗い、靴を履くことにした。スガは保健室まで戻って靴を持ってきてくれた。
私はタオルで水気を拭い、靴下を履き、靴も履く。

それと同時に、チャイムが鳴り響く。一時間目終わりのチャイムだ。私とスガは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。近くの教室からは挨拶の声がする。

「茜、頭は大丈夫?」
「なんか違う意味にもとらえられそうな言い方だな……。でも、うん、大丈夫だよ」
「バカにはしてないからな。……一応、脳震盪だったみたいだけど」
「え、脳震盪!?」

びっくりした。貧血か何かかと思っていたから。脳震盪の前後の記憶は喪失するって本当なんだ。全然覚えてない。

「あれ?茜とスガさん?」

廊下には段々人が増えてきた。みんなどこか眠そうだなーなんて思いながら見ていたら、聞き慣れた声に名前を呼ばれる。そちらに首を巡らせると、そこにはノヤ先輩が立っていた。

「ノヤ?二階に用か?」
「ちっス!三階のトイレよりこっちのが近いので、降りて来たんスよ。茜とスガさんは……?」

私はにやける頬を必死に抑えながらピースを見せる。するとノヤ先輩の表情はみるみる内に明るくなっていった。

「本当か!やったな、茜!」
「はい!先輩!」

腕を広げるノヤ先輩に抱き着くと、強く抱き締め返される。少し痛いが、とても幸せな気分だから大丈夫。

「ダーメ」

もっと力を込めようとしたらスガに引き離されてしまった。襟首を掴まれている。親に運ばれる猫の気持ち。どうしたの? とスガを見上げると、不満気に唇を尖らせている。その頬は赤い。

「スガさん?」
「ノヤ、隣の家だかなんだか知らないけど、茜は俺の彼女だべ。手、出したら許さないから」
「スガ…!!」

これ、あれだ。嫉妬。スガが嫉妬している。いつもみんなの中心にいるスガが、嫉妬。感慨深いし、嬉しい。それに、彼女って言ってくれた。ああ、私だけが一方的に好きな訳じゃないんだと理解した。私はスガと付き合っていいんだよね?側にいてもいいんだよね?スガが好きなのは私なんだと自惚れてもいいんだよね?

「ごめんなさい!結構無意識で…」
「今日はもういいから、明日からは気を付けろよ」
「はい!出来るだけ抱き着かないように頑張りますっ!」

まったく問題解決になっていないことを言いながらノヤ先輩は去っていく。トイレにいくらしいから、時間を潰せないんだろう。
ノヤ先輩が去るとスガは手を放してくれた。身体が自由になる。

「ごめん、なんか…」
「大丈夫!すごく嬉しかったから…!!」

嫉妬が嬉しいなんて言ったらいいか分からないけれど、事実そうなのだから仕方ない。
スガは私の言葉に目を丸くすると、それから吹き出した。おかしそうに笑うスガを見てると、私もつられて笑顔になる。

「なに笑ってんだ、二人揃って」
「大地!」

次にやって来たのは大地だ。心底疲れたような顔付きで、スガを睨み付けたりしている。今日の大地は一段と怖いし迫力がある。

「だ、大地…?」
「心配して保健室行ってもいないし、見付けたと思ったら楽しそうに笑ってるとかさぁ…。お前らなぁ…」

大地はギリッと拳を握る。私は素早くスガの後ろに隠れた。こうなるともう怖いだけ。げんこつ一発ぐらいは食らう気持ちでいかないと。

「……はぁ」

しかし、げんこつは来ない。ただ、大地は浅くため息を吐き、拳から力を抜いた。

「大地…?」
「えーと、あれだ。……よかったな」

大地はそう微笑み、私の頭を撫でてくれる。暖かくて広い手。すごく落ち着く。
大地は私の頭を撫でた手で、そのままスガを指差す。その目は鋭く、スガは一歩後ずさった。

「茜、大事にしてやれよ。じゃないと俺が許さないからな」

先、教室戻ってる。大地はそれだけ残し、本当に教室に入っていった。

「…大地って茜の保護者だっけ…」
「私も思った」

確かに少し過保護なところがある大地だけど、今のはお父さんよりもお父さんだった。これ多分、大地に言ってもお父さんに言っても怒られると思う。

そうこうしている内に予鈴のチャイムが鳴った。私は思わず自分の姿を見てしまう。まだ体操服だ。どうしようとスガを見上げれば、彼は小さく呟いた。

「品野さんは保健室で様子見、菅原くんはその付き添いです。……保険医の先生にも連れて帰って来いって言われたしね」
「まぁ、脳震盪なんだしね」

自分自身、今の私がどんな状態にあるのか分からないのだ。だから、安静にするべきだろう。

「じゃあ、とりあえず、保健室に行こっか」
「だね」

スガは私に掌を差し出してくる。私は一瞬それを見つめ、意図を理解した。その手を握れば、彼は満足そうに笑う。やっぱり、これで正解だ。

私たちはゆっくりと同じ方向に足を踏み出した。今度こそはもつれないように、しっかりと手を掴んで。

ただでさえ私たちは不器用なのだから、すれ違わないように一つ一つを確かめて、マイペースに進んでいこうと思う。


−−end

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