スガさん中編 | ナノ
茜の言葉が、ずくんと胸に突き刺さった。
俺はいつの間にか、保健室で眠ってしまっていた。昨日は眠れなかったからいつかはこうなるとは思っていたが、氷嚢を押さえるのも忘れ寝てしまうなんて。
目を覚ましたのは声が聞こえたからだ。茜の声。その声は何度も何度も「スキ」と言った。
朦朧とする意識では、一瞬なんのことかが分からなかったが、流石に5回目で理解した。「スキ」は「好き」だ。好意の、恋慕の好きだ。
苦しくなった。なぜならば、彼女が好きなのはノヤだから。俺に対してではない思いが辛かった。
でも、違った。
俺は勘違いをしていた。
「ス、キ……?」
保健室の入り口で立ち竦んでしまう。彼女の言葉をゆっくり受けとめ、理解する。
あれは、告白だ。
彼女は俺に好きだと言ってくれた。何度も何度も呟いていた好きは、ノヤじゃなくて俺が受け取るべきものだったんだ。
なのに俺は、勘違いをして酷いことを言ってしまった。結果彼女を傷付けて、泣かせて。辛い思いをしていたのは、俺じゃなくて彼女だったのだ。
「若いねー、青いねー」
背後からそんな声がする。それは紛れもなく保険医のものだ。そういえばいたことを忘れていた。空気を読んでくれたのだろうか。それとも、息を潜めて聞き耳を立てていたのだろうか。きっとどちらも正解だ。
「こんな典型的な青春、そう簡単には送れないよー。もったいないよー」
「だから」と、保険医は俺の背中を押した。振り向けば、ニコニコ笑顔が視界に入る。
「行ってきな。好きなんだろー?」
「っ…!!」
そうだ。俺は茜が好き。両思いじゃないか。あの時臆した言葉も、きっとちゃんと言える。だから早く、茜を捕まえないと。
「ありがとうございました!」
一度保険医に頭を下げ、俺は駆け出した。
「彼女は脳震盪なんだから、ちゃんと捕まえて連れて帰って来いよー!」
背中に保険医の言葉を受けながら。
俺が彼女を運んでから、実質的には10分も過ぎてなかった。つまり、今は授業中だ。だから廊下に人気はない。
茜は体育に戻っている……とも思えない。
彼女はグラウンド以外の場所に。
とりあえず、茜の教室だ。そこから探そう。
学校中を走り回って、時々、授業中の先生に何事だと声をかけられたり、怒られたりしたけど、今はそれどころじゃない。授業なんかじゃ得られないほど素晴らしいものを手にいれに行くのだから。
校舎中をくまなく探して、残る場所は一つになった。
それは、3年4組。すなわち、俺と大地の教室だ。
「ハァ……ハァ……」
教室の前扉を開き、肩で息をする。滴る汗を拭い、思わずため息を吐いてしまった。
見つけた。窓際に立っている。朝日に照らされる教室は驚くほど明るく、穏やかだ。
ピンと張り詰めた空気はどこか清々しくもあり、心地よい。俺は肺一杯に息を吸い込んだ。
「俺には好きな人がいる」
茜の肩があからさまに跳ねる。大丈夫だ。今回は逃がさない。何も怖くない。言わなければ変わらないのだ。
「その子は、無邪気で、明るくて、気さくで。誰とでも仲良くなれるような、みんなの中心にいるような子だよ」
それは俺から見た茜の人物像。いつもキラキラ輝く笑顔を湛えて、気付いたら側にいた。
だけど俺は、「でも違った」と続ける。
茜は、それだけの子じゃない。
「その子は、気が利いて、俺が何か悩んでる時も静かに話を聞いてくれて、綺麗事じゃない言葉をくれて。俺を支えてくれた」
それからだ。それから、「ああ、この子のこと好きだなー」なんて思うようになった。曲がりない意思。まっすぐで本心からの言葉。キツさの裏に隠れる優しさに気付いた時には、もう好きになっていた。
「俺はその子が好きだ」
明るくて、強くて、快活で、真面目で、優しくて。それからそれから。どれだけの言葉で表現しても足りない。言葉なんかじゃ表現しきれないんだと思う。
そうだ、一つだけ。この感情を表現する言葉が一つだけ存在する。
臆するな。これしかないんだ。簡単な言葉。たった二文字。まっすぐに。
飛ばせ。
吐き出せ。
風に乗せて。
空気を震わせ。
届けろ−−!!
「好き」
歪みなき思い。もう、湾曲も屈折もさせない。
茜はゆっくりと振り向いてくれる。一瞬喉が鳴った気がする。それでも、止めない。止めたら、きっともう、チャンスは来ない。
ぐっと、足を踏ん張る。拳は爪がめり込むほど握った。
「茜が、好きだ…!!」
こちらを完全に振り向いた茜の瞳には涙が滲んでいる。それでも口は弧を描いて、頬は真っ赤に染まっており、俺は静かに両手を広げた。
おいで。抱き締めてあげるから。
いや、違う。
ただしくは、こうだ。
「茜を抱き締めさせて」
腕の中に確かに感じる温もりをしっかりと、刻み付けたいから。
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