スガさん中編 | ナノ



朝、私はいつもより早くに目を覚ました。昨日は散々泣いて、何回ノヤ先輩に「大丈夫だ」って言われたんだろう。数えきれないや。
恋とかそういうの、あんまりよく分かっていないであろうノヤ先輩が、しっかりと私の気持ちを聞いてくれた。それが嬉しくて、止まらなくなってしまった。

スガが好き。でもスガには好きな人がいる。私は諦めなきゃ。でもどうしたらいいのかが分からない。

ノヤ先輩は励まさなかった。馬鹿にもしなかった。弁明も、なじりも。ただただ、抱き締めてくれた。

多分私は言葉が欲しかったんじゃない。言葉を、思いを、受け止めて欲しかっただけなんだ。ノヤ先輩はそんな私のわがままを察してくれたのである。

家にいてもやることはない。だから私は早めに家を出た。今日は携帯も鍵も忘れない。

「あ」
「ん?あ、茜」

私が家を出るのと同時に隣の家からノヤ先輩が出てきた。軽く挨拶を交わし、自然な流れで隣を歩く。「今日は早いな」って聞かれたから、私は曖昧に笑って見せた。

しばらく雑談をしながら歩いていると、前方に見知った姿が見えた。胸がぎゅって苦しくなる。それはノヤ先輩も一緒みたいで、彼はこちらを確認してきた。私は大丈夫ですと告げるが、手は震えて止まらない。私はたまらずノヤ先輩の学ランの裾を掴んだ。彼は気づいているはずなのに何も言ってこない。それが優しさだと分かっているのだろう。

「大丈夫だな」
「はい」

ノヤ先輩は少しばかり歩みを早めた。私はそれについていく。

そして、通りすぎる瞬間、私は精一杯に笑顔を作った。

スガの表情ははっきりと覚えていない。立ち止まっていたから、驚いていたのは確かだろう。

気付くと学校の中庭に着いていて、私は浅く息を吐いた。私は掴んでいた裾を放す。どれだけの力で握っていたのだろう、軽くシワができていた。「ごめんなさい」と謝罪すれば、彼はあっけらかんと笑った。そして、「そんなことよりも」と笑顔を引き締めた。

「本当に大丈夫か?」

その言葉で、私の涙腺は決壊した。今の今まで塞き止めていた涙が溢れていく。私はその場に崩れ、大声を上げて泣きじゃくった。ノヤ先輩は私の側にしゃがみこみ、背中を擦ってくれる。

私、バカだ。こんなに好きだなんて思わなかった。ああ、好きだなーって思うぐらいだと思っていたのに。好きな人がいることがこんなにもショックだったなんて。まともに顔も見れなくなるなんて。それでこんなにも泣いちゃうなんて。

思わなかった。

「ノヤせんぱぁあああいっ……!!」
「うん」
「苦しいんですっ。辛いんですっ。悲しいんですっ…!!」
「うん」
「私はスガが好きなんです…!!」
「うん……。分かってるから」

まるで赤子をたしなめるように優しく背中を叩くノヤ先輩。私はそれに身を任せて泣いた。

涙は止まらない。こんな量の涙、今までどこに隠していたんだってくらい溢れる。ポタリポタリと地面に落ちてはシミを作った。拭わない、隠さない。それでいい。ノヤ先輩は何も言わず、ずっと背中を叩いてくれる。

しばらく泣きわめいて気付いた。ノヤ先輩、部活。がばりと顔を上げノヤ先輩を見やると、大丈夫だからと言ってくださった。私は「ダメです」と首を振る。いいわけない。

「先輩は部活、行ってください……!わ、私は大丈夫ですからっ…」
「おいおい。俺は泣いてる友人ほっぽって部活行けるような薄情じゃないからな」
「でも……!!朝練……」
「いいから」

ノヤ先輩はがしがしっと私の頭を撫でてくれる。その優しさにまた泣きそうになるが、ダメだ。もう泣けない。

私は素早く立ち上がり、笑顔を作る。ああ、この二日で私はどれほど笑顔を作ったのだろう。一度も綺麗に笑えてない。

「私は大丈夫です!先に教室いきます!」
「茜……」

ノヤ先輩も立ち上がって、心配そうに眉根を寄せた。泣きそうになる涙腺を締めて、精一杯笑って見せた。ノヤ先輩は流石に諦めたのか、「分かった」と言ってくださる。

「じゃあ俺は部活に行くけど、なんかあったら絶対連絡するんだぞ!大地さんか俺に」
「うん。分かってます」

ノヤ先輩は踵を返して、体育館に向かって行く。その道中何度もこちらを振り向いてくるから、私はずっと手を振り続けた。

誰もいない中庭。私は教室に向かおうと歩き出す。その道すがらに見付けたベンチに、私はまた泣いてしまった。

このベンチに座って、一緒にごはんを食べたな。あの時にも、スガには好きな人がいたのだろうか。それならばきっと、彼は私とじゃなくて好きな人とごはんを食べたかったに違いない。私の勝手な恋心に、彼を振り回していた。最低だ、私。

「スガぁ……」

ベンチの前にしゃがみこみ、顔を埋める。この思い出も、いつかは消さなければならないのか。身勝手な思いは隠さなければならないのか。私はズルい。
スガが好きならば、彼の幸せを願えばいいのに。なんで、もっといいやつになれないの?なんで、こんなにも汚いの?

あんなにも泣いたのに、やはり涙は止まらない。私は油断していた。スガと一番仲がいいのは私だって思っていたんだ。そんな都合のいいこと、あるわけがない。彼には彼の世界があって、その世界を見ることなんて出来ないのだから。

彼の好きな人。クラスメイトかな? 委員会が同じ人? 偶々出会った後輩? それともOG? 近所の人?

私には想像がつかない。想像したくない。

きっとスガの好きな人は、綺麗で頭がよくて優しくて。スガと並んだら、めちゃくちゃお似合いな人なんだ。

そう考えて、無理矢理に諦めることぐらいしか、私には出来なかった。

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