スガさん中編 | ナノ



「はぁ…」

ため息が溢れる。仕方ないだろう。昨日あんなことがあったばかりなんだから。

部活とは割りきったから、みんなに迷惑をかけてはいないだろうけど、なんとなく大地には分かられてたと思う。あいつ、帰り道に一回も茜の名前を出さなかったし。いつもは「茜が」「茜が」って、大切な幼馴染みの愚痴ばかりを言う大地が、昨日は静かだった。
大地は本当にすごい。そんな彼に一瞬でも嫉妬した自分の醜さといったら。

「おお、スガ。おはよう」
「あ、大地。おはよ」

とぼとぼと歩いていた朝の通学路。後ろから声をかけてきたのは噂の大地だ。

大地は俺の隣に並ぶと、同じ歩幅で歩き始めた。会話は無いが、居心地は悪くない。大地の側にいると、不思議と落ち着く。

「お前、茜と何かあっただろ」

そんな沈黙を破ったのは大地の言葉だ。俺は淡々と紡がれたその名前に、ふと足を止めてしまう。大地は少し先を行ってから静かにこちらを振り向く。あ、顔が「隠すな」って言っている。昨日は何も聞かなかったくせに。

「何があったと思う?」

俺は精一杯笑顔を取り繕って歩き出した。でも大地は全然動かない。俺が大地を追い抜いた瞬間、その視線に刺された。ピタリと足が止まる。

大地は、俺を逃がさないつもりだ。聞き出すまで。こうなったらもうどうしようもない。大地は怒ったら怖い。幼馴染みのことになっても怖い。

「別に無理に聞き出すつもりはない。皆まで言わせるつもりもない。ただ、お前を今のままでいかせるわけにはいかないからな」

無理に聞き出すつもりはない? 嘘だ。結局聞き出すつもりのくせに。俺は大地の言葉に苦笑を溢し、振り返る。大地の真剣な瞳とぶつかった。ああ、もう。だから怖いってば。

「情けない話だけど、聞く?」

俺の問いに、返事はなかった。それでもいい。その真っ直ぐな瞳だけで十分だから。

「俺、茜に好きな子がいるのかって聞かれて、いるって答えたんだ。それで、多分…誤解された…」
「誤解?」
「そう。俺に好きな子がいるから、邪魔にならないように離れようとしてるんだと思う…」

いきなり敬語になって。菅原先輩って呼ばれて。完全に避けられた。多分それは茜なりの気遣いなんだろうけれど、彼女が好きな俺には苦でしかない。

大地は俺を見据え、それからため息を吐いた。彼はゆっくりと歩き出し、俺を抜いてから呟く。

「誤解してるのはどっちだよ」
「え…」

それ、どういう意味? そう口にするために振り向こうとして、でも出来なかった。

またあの時みたいに身体が動かなくなる。目の前にはっきりと写る光景に言葉が出ない。

なんで、あの二人が?

「あ、スガさん!はよーございますっ!」

そう挨拶をしてくるのはノヤ。俺は「ああ」と返すが、頭は動かない。

ノヤと一緒に登校しているのは茜だ。彼女はノヤの学ランの裾をきゅっと握って歩いている。

またドロドロと。醜い感情が沸き上がる。なんで、なんで、なんでノヤなんだ?しかも茜は部活に入ってないじゃないか。今登校しているのはつまり、朝練がある部活の部員だけ。なのに、どうして茜はノヤと登校している。今、なんで。

悪い予感が脳を掠めていく。待ち合わせとかしたのだろうか。茜がノヤに合わせて起きたのだろうか。だから一緒に登校しているのだろうか。そして、その学ランの裾を握っている手の理由は?

フル回転する俺の脳。だけど答えは出ない。いや、出したくない。
俺の脇を通る瞬間、茜が顔をこちらに向けた。

「おはようございます。菅原先輩」

普通の笑顔だった。いつも通りの。
なのに呼び方やしゃべり方は違って、身体の隅々に鳥肌が立つ。

茜は特に何も思っていないようにノヤと雑談を始める。その横顔はとても楽しそうで、俺は言葉を失った。

そうだったんだ。二人はやけに仲がいいと思っていたけれど、俺の方が上だと自負していた。でも、やっぱり違った。

きっと茜が好きなのはノヤで、俺じゃない。茜の側にいるべきはノヤで、俺じゃない。茜を幸せに出来るのはノヤで、それはやっぱり俺じゃない。

俺じゃ、ダメなんだ。

ノヤはすごい奴だ。明るくてムードメーカーで。でも天才で。守護神で。あいつの存在がいつも烏野バレー部を支えてくれている。
真っ直ぐで、人一倍素直で。だからみんなあいつに救われる。俺も、旭も。

だからといって「ノヤなら」なんて、簡単に身を退けるわけがなかった。

茜が好きなのがノヤならば、確かに俺は身を退くべきかもしれない。ノヤはすごいやつだ。絶対に茜を大切にしてやれる。でも、なんか、ダメなんだよ。

それは俺のわがままだって分かっている。でも、そんなに簡単に諦めれるような思いじゃない。

ノヤに、あの完璧な男に才能や言動、プレーで勝てるなんて思わない。そこははっきりと格の違いを意識しているから。

でも、俺は茜のことが好きなんだ。これだけは変えられない。どうしたらいいなんて分からない。けれど、諦められないのなら仕方ないだろう。

思うことぐらい、許してくれ。

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