君の瞳に映る面影



「お帰りなさい、警部」


君が私を通して誰を見ているかには、とっくに気付いていた。なぜならば、彼と私は同一人物だからだ。

名前は私に微笑みながら、違う面影を探している。まるで私を見透かすような目をしている。私はここにいるのに。彼女はこちらを向いているのに、私を見ていない。それが酷く悲しかった。

だからといって彼女を追い詰めるなんて私には出来ない。どこかで私も妥協したのだ。どうせ同一人物だから、と。

叶わない物事を何かに結び付けて、忘れようとしたのだ。もしくは、強引に叶えようとした。どう足掻いても叶わないのは明白だと言うのに。

私はどこまで堕ちればすむのだろう。いや、きっと底などないんだ。ならば堕ちていたい。愚かなままでいたい。知らない振りをして、自らに暗示をかけて閉じ籠って。前を見なければいい。


「警部?」


彼女は白いその掌で私の頬に触れた。暖かい。私は今彼女の温もりを感じているが、きっと彼女はこの温もりを私に向けているのではないんだ。

考えれば考えるほど思考が病んでいく。ああ、らしくない。

バカなことを考えるのはよそう。深く考えるからいけないんだ。そう、もっと単純に。彼女が触れているのは私。その事実だけを受け止めよう。


「なんでもない」

「……? そう?」


私の言葉に名前は手を引いた。「それならいいんだけど」そう呟く姿はやはり愛らしい。近付けば近付くほど深みにハマってしまう。空回りしてしまう。

彼女が好きなのは「僕」であり、「私」ではない。

それが何よりも怖かった。

しかし、彼女に惚れた理由が、「僕」に向けていた笑顔だと思うと、もう取り返しがつかないんだと悟る。

私は名前が好きで。名前は僕が好きで。
私は僕で。だが違って。一生交わることのない平行線上。私たちは、そこに立っている。

同じ顔なのに、同じ声なのに。彼女は私を見てはいないのだ。

絡め取ろうと思っていた彼女に絡め取られたのは私の方。彼女を掴まえたのは僕の方。


「名前……」


もう何も考えたくなくて、私は彼女を抱き締めた。小さい身体。柔らかな髪。心を軽くする香り。なのに少しも報われない。


「警部、どうしたの?今日は本当におかしいよ?」


抱き締める前と後。彼女の声音はいっさい変わらなくて、とても落ち着いていて、私は今さら絶望なんてしなかった。分かっていたから。彼女がどんな声で話すかを。

私と真月零は同一人物。
声も姿も何もかもが同じ。
なのに、何かが決定的に違った。

その違いなど分からない。
ただ、彼女が愛するのは私ではないということだけは悲しいくらいに理解した。



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ルキナ様リクエストの「警部→主→真月」でしたー

甘かシリアスということで、シリアスを選ばせてもらいました!

書くのは楽しかったです!
リクエストありがとうございました!