闇夜来々
「名前ちん」
と、暗闇にこだまするその声。私はその声に聞き覚えがあった。それに、特徴的な名前の呼び方。そうだ。私を「名前ちん」なんて呼ぶのは一人しかいない。
「むっくん……?」
私が震える声で呟けば、彼は私の頭を撫でてくれた。優しくて大きな手のひら。ああ、きっとそうだ。むっくんだ。
「むっくん…助けて…!!わ、私……」
「分かってるし。外すから動かないで」
そう言うと、むっくんは私の腕を縛る縄を外してくれた。
ここは体育倉庫だ。
今日の部活後、私は誰かに襲われた。拳で気絶させられ、気付いたらここにいた。両手両足は縛られ、身動きは取れず、どれだけ声を張り上げても誰も来てくれなかった。
だから、半ば諦めていたのだが。むっくんが助けてくれた。涙が出そうになるのを必死に堪える。よかった。助かったんだ。本当に怖かった。
「名前ちん、大丈夫?」
「うん……」
本当は大丈夫じゃないけど…と内心呟く。でも、声にはしない。これ以上心配はかけたくない。
襲われたのだってきっと、私が誰かの神経に障ったのだろう。これからはもっと気を付けないと。
私はスカートの裾を払いながら立ち上がる。体育倉庫はやけに埃っぽくて、いっぱい塵が舞った。
「本当に大丈夫……?」
年を押すようにむっくんが聞いてくる。私が苦笑しながら「大丈夫だよ」と言えば、納得いってないと言いたげな表情をした。
「むっくんは心配性だよ」
「別に、そんなんじゃないしー」
むっくんはふいっ と視線を逸らし、ほっぺを膨らませる。頬袋に餌を詰め込んだハムスターみたいだ。すごく可愛い。
むっくんはこちらに少しだけ視線をやり、「ただ」と短く呟く。
「ただ、もっと泣いてほしいんだけど。もっと泣きわめいて、泣きついてほしかった」
「え……?」
泣いて、ほしい?
訳が分からなくて、その単語が脳内を反復する。彼はそれを知ってか知らずか口を開く。
「いつも笑ってる顔を崩したかったのに。誰も知らない名前ちんの顔が見たかったのに。ひどいよね、名前ちん。泣かないんだもん」
意味が分からない。彼は何を言ってるの?
私は口の中に溜まった唾を飲み込む。「どういうこと?」吐き出した言葉は嫌に震えていた。
「名前ちんを体育倉庫に閉じ込めたのは俺だよ。両手両足を縛ったのは俺だよ。名前ちんを襲ったのは俺だよ」
当然かのようなその言葉たちに、私はぞっとした。
むっくんが?私を?
だからむっくんは学校にいたの?こんな時間まで。閉じ込められた私の泣き顔を見たかったから?
「むっくん……は、私が嫌いなの……」
「は?むしろ逆だし」
「じゃ、じゃあ……」
喉がひゅうっと鳴った。風が抜け、もう声は出ない。怖くて、何も言えなくなってしまったのだ。
「好きだから誰にも見せない顔が見たいんじゃん。泣いた顔、恐怖する顔。全部見たい」
ニヤリと上がる口角に寒気を覚えた。今まで私のそばにいてくれたむっくんはどこ?今のむっくんは絶対おかしい。狂ってる。
「おか、しいよ、むっくん」
「うん。おかしいよ。俺、多分好きな子はいじめる派なんだよ。ボロボロにするまで」
ぞくりと肩が震える。いつもとまったく変わらない笑顔。声のトーン。なのに全然違う。
「だからね、名前ちん。俺にいじめられて?」
怪しく笑ったむっくんからは、きっと逃れることは出来ない。
私はずっと、むっくんからの歪んだ愛を受けなければならないのか。私の瞳は濡れ、滴は人知れず溢れる。むっくんは心底嬉しそうにその涙に舌を這わせてきた。
「泣いてる名前ちん、可愛い……。もっともっと、恐怖してよ……」
それが全ての引き金だった。
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瑞希様リクエストのむっくん病み系
ヤンデレ感が伝わってれば幸いです。やっぱりヤンデレいいなぁ
この度はリクエストありがとうございました!