on one's own




※アリトの一人称が「俺」


「早く逃げて、アリト様」

私の訴えにアリト様は首を傾げになられた。アリト様は未だに自分の状況を知らないでいるのだ。私は知っている。兄王様がおかしくなってしまったことを。まるで誰かに操られているかのような…。死んだように笑う兄王様が怖くて仕方ない。

「名前様、折角俺の家に来たんです。ゆっくりしていってください」
「そんなことを申している時間などありません!」
「そんなに慌ててどうされたのですか」
「そんな悠長な…!!とにかく、時間がないのです!」

私はアリト様の腕を掴む。アリト様は驚いたように両目を見開いた。今まではアリト様に触れることすら躊躇っていた私が、こんなにもしっかりと彼の腕を掴んでいるんだ。驚いて当然だろう。私自身、驚いているのだから。

「名前様、どこに行くというのですか」
「国外です!」

私がそう叫びながらアリト様の腕を引くと、振り払われてしまった。驚愕で肩が揺れる。思わず振り向くと緑眼に捕らえられた。彼の瞳は強い意思に支えられている。

「俺はいかない」

アリト様は低く呟くと背を向けてしまわれた。どうしてか など、聞かなくても分かりきっていることだ。

彼は兄王様との決闘を楽しみにしている。何度も繰り返し行われてきた二人の決闘は、引き分けのまま持ち越されてきた。アリト様はそれに決着をつけようとなさっているんだわ。

「決闘はもう決まっていることなのです。俺は逃げることなどできない」
「なぜ…!!」

アリト様は儚い笑顔を浮かべた。口の中に貯まっていた生唾をごくりと飲み込んでしまう。今のアリト様はひどく脆い。まるで、触れたところからヒラヒラと綻びてしまいそうな。

「決闘から逃げたら臆病者のレッテルを貼られてしまう。そんな男が名前様の近くにいるわけにもいられませんので」
「そ、んなこと…!!今はどうだっていいわ!まずは生きることが大切ではないの!?」

アリト様は私の頭を優しく撫でてくださる。穏やかな顔。怖くないのかしら。アリト様は、本当にお強いのね。

「名前様は間違っていませんよ。何よりも命は大切だ」

「ですが」アリト様は私の頭から手を退けて、その手をそのまま自らの胸に当てた。真っ直ぐな双眸は私を貫く。

「拳闘士にとって、決闘は生そのものなのです。俺は生から逃げたくありません」

私の頬を涙が伝った。彼はきっと、何を言っても共に来てはくれないのだ。自分の命よりも拳闘士としての誇りを優先させるのだ。

それがまた彼らしくて、私は諦めることしか出来なかった。
例え、彼の生が終わりを迎えようと、私は彼の側から離れるつもりはないのだから。

「愛しております、アリト様…」

私の言葉にアリト様は微笑んで、優しく抱き締めてくれた。



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蛍火遥夏さんリクエストの皇帝妹主とアリトの切甘です!

アリトの前世……泣くしかなかった……

リクエストありがとうございました!