愛しの赤色
部活が終わった、放課後の体育館。自主練習を終わらせ、戸締まりをして帰ろうとした時、チラリ 空間が瞬いた。
ゆらりと舞い降りる姿は天女のようでもある。オレはその姿に言葉を失った。
「やっほ、赤司くん」
聞こえたものは確かに彼女の物で、オレは恐る恐る腕を伸ばす。しかし彼女は苦しそうに笑って距離を取ってしまった。
「触れないよ」
彼女は言って、浮かび上がる。うっすらと透けた身体は、それでもしっかりと視認することが出来た。
「名前……」
オレが彼女の名を呼べば、名前は嬉しそうに笑い、深く頷いた。
確かに名前だ。名字名前。オレの恋人。
去年、交通事故で亡くなったはずの。オレの恋人だ。
そんな彼女が、なぜ、今、ここにいる。
「ビックリしてる?」
「正直、している」
「みたいだね。非現実的、非科学的なことは信じない?」
「……今起こっていることを非現実だと言えないだろ」
「それもそうか」
彼女は納得したように頷き、少しだけこちらに近付いてきた。オレも一歩歩み寄る。もう手は出さない。自分自身、彼女に触れれないという事実は、耐えきれないと思うからだ。
「……私、赤司くんに会いに来たの」
「オレに?」
「うん」
「心配をかけるようなことをしたか?」
ううん 名前は首を振る。もし彼女がオレをずっと見守っていてくれたのなら、きっと、オレの色んな面を見ていることだろう。その中に、何か心配をかけるようなことがあるのだと思ったのだが、違ったらしい。
「赤司くん……冷静だね」
「名前は……お前の葬式の時のオレを忘れたのか?」
「……ごめん。全然冷静じゃなかった」
「当たり前だろう」
オレは本当に名前を愛していたのだ。父が用意する見合い相手などにはない素直さがあって、オレにも臆せず声をかける彼女が、好きで好きで堪らなかった。
そんな彼女が亡くなったのだ、冷静でいられるわけがない。
「でも今は冷静だよ」
「……そうだな」
「理由を聞いていい?」
オレはゆっくりと唇を開く。名前は全てを受け入れるかのごとく瞳を閉じていた。
「名前が見ているからな。無様な姿は見せたくなかったんだ」
「……ずっと、墓参りに来なかったのは?」
「後戻りしそうで怖かったから」
「あの赤司くんが?」
「怖いものぐらいあるさ」
「そっか、そっか」
名前は小さく「私を忘れてたわけじゃなかったんだね」と呟く。はっとした。彼女は、それを杞憂してたのか。だから、今、ここに。
「ごめんね、私………、赤司くんに忘れられるのが…怖かった」
「名前…」
「私の存在が赤司くんを苦しめてしまうのならば、忘れられてしまった方がいいのは分かってる……でも」
オレは思わず名前の頭に触れていた。感触はない。ただ、温もりだけを感じた。確かに、名前はここにいるのだ。オレの目の前に。
「オレが名前を忘れるわけがない」
オレだって、名前がいると思いながら暮らして、墓参りに行かなかったのは、後戻りしそうで怖かったわけじゃない。そこに、名前がいないのを知るのが嫌だったのだ。ただ盲目に、ここにいることを信じていたかった。
そんなオレの思いが、名前を苦しめていたなんて。そんなことにも気付けないなんて、彼氏失格だな。まだ、別れてやれないが。オレは女々しくも、未練たらたらなんだ。当分、忘れられない。
「ありがとう、赤司くん……。私も、忘れないよ」
彼女の身体がキラキラと輝く。なんとなく、いなくなってしまうのだけは分かった。いや、いなくなるのではなく、見えなくなるだけか。名前はオレの側にいるのだから。
「大好き…赤司くん……」
語尾は風にさらわれ薄れてしまう。瞬きをした時にはもう見えなくなっていた。
今のはオレの思いが形作った幻覚なのかもしれない。それでも、オレの背中を押すには十分で。明日はみんなと、墓参りに行くんだと、そう、決めた。
−−−−二年後
「僕は今日、部活を休むよ」
「え!? 征ちゃんが!?」
「"オレ"の彼女の命日なんだ」
「オレ!? 彼女!?」
「なになに!? 赤司に彼女?」
「まじかよ…」
「"実渕"、"葉山"、"根武谷"、頼んだよ」
「…………名字……呼び?」
「え?え?赤司どうかしたの?」
「どうしたんだ、あいつ」
「って!彼女って誰よ!詳しく教えなさいよ!征ちゃんっ!」
……………………………………
美優様リクエストの、ラストラブレターのような赤司のお話です!
黄瀬とは少し違ったニュアンスにしてみましたー
どうでしょうか?
イメージは中学赤司くんです!
少しでも楽しんでいただければ幸いです!
リクエストありがとうございました!