夢は儚いからこそ


「久しぶり」

私は読んでいた本から顔を上げ、呟くように言う。
視界に入るのは驚いたような彼。ドルベだ。

ドルベは私の隣の席に座ると、難しそうな本を取り出した。

はじめて彼と出会ったのはこの図書館。ここは様々な本があるけれどとても古く、私ぐらいしか使用していなかった。でも、ある日彼がここにやって来たのだ。
どこの誰かなんて知らない。しかし、流石に一週間毎日連続でこの図書館で出会えば声をかけない方が不自然かと思い、私から声をかけた。その時に彼の名前を知った。

ドルベ。名字も何もない。ただそれだけ。外国人かと思ったけれど、やけに日本語が流暢でその可能性は低いと思った。偽名という線も考えてみたが、必要があるとは思えない。

彼はドルベ。それ以上でも以下でもない。深く追及する意味もない。

「ドルベ、何してたの?」

毎日図書館に来ていたドルベが、ここ何日か来なかった。別に家族や恋人でも何でも無いんだけど、だけど、やっぱり心配だったのだ。自分でも驚いたさ。図書館で会うだけの彼に、こんなに入れ込んでたなんて思わなかったから。

ドルベは一度本を閉じると私の方を向き、少しだけ唇を開く。何かを言ってくれるのかと思ったが、彼はそれっきり口を閉じてしまった。ドルベは時々今みたいに何かを言いたそうにする。その内容までは分からないけれど、きっと言いにくいことなんだろう。それをいつも私に言おうか悩んでいるのだ。

ドルベは何かを隠している。
私には関係ないことだろう。でも、それでも、私はドルベから明かしてくれるのを待っている。こんな、図書館でしか会わない私に言おうとしてくれてるんだ。そんな彼の思いに応えたいから。

しかし、私から催促したことはなかった。
出来るわけがない。催促なんて。気にはなるけれど。でも、彼から言ってくれるのを待ちたかった。

いや、実は聞きたくなかったのかもしれない。これ以上関係が進むのが怖くて。私は所詮図書館で会うだけの女。それでいいと、自分に言い聞かせているのかもしれない。

「すまない……」

ドルベがそう言った。

ああ、なんでそんなに苦しそうなの? 分からないよ。私には。

だから私は「ううん」と首を振った。ごめんね。これぐらいしか出来ない。震えるその手も。揺れる瞳も。噛み締められた唇も。私は何も見ない。だから、だからね。ドルベも私に見せないで。無防備な姿を見せないで。

私たちはいつまでも「所詮」で、「図書館で会うだけ」で、「赤の他人」でいよう。

進むのは怖いよ。

「名前」

ドルベは立ち上がると私に本を差し出してきた。私は思わず受けとる。これ、ドルベがいつも読んでいた難しそうな本だ。どこか古めかしい洋書。私が手を出したことがない次元の本。興味だけは人一倍ある。

「私はこの続きを読めないかもしれない。だから、代わりに読んでくれないか」
「私が?私、英語なんて…」

私は栞が挟まれているページを開く。たくさん並ぶ英単語の中。唯一一発で意味の分かる台詞があった。


『See you again. Have a nice day.』


「これ……!!」

慌てて顔を上げるが、そこには既に彼の姿は無かった。



……………………………………

これ、幸せに過ごしてるって言えるかな…?

心配になりますが、楽しんで書かせていただきました!
二人の間に流れる緩やかな空気を感じていただけたら幸いです!

椿姫さん、リクエストありがとうございました!