fight 7
「あーっ!疲れたーっ!」
竹谷に助けてもらったその翌日。私はまた当たり前かのように追われた。今日は四年の平だった。いつも通り俊足で逃げ切ったのだけれど。
早く心休まる日がほしい。
静江は「キスをしたら収まる」と言っていたが、好きな人じゃないとダメみたいだからつまり、竹谷しかいない。
竹谷とキス。想像だけでもパンクしてしまいそう。
木陰に隠れて熱くなる頬を押さえながら踞っていると、何かが足元を這った。ぞわっと身の毛がよだつ。恐る恐る足元に目をやると……。
「ひぃ……っ」
そこには蛇がいた。思わず悲鳴を挙げかける。しかし、ここで叫んでしまったらせっかく逃げ切ったのが水の泡だ。
それにこの蛇………。
「あの、時の?」
そう、この蛇、久々知を足止めしてくれた蛇なのだ。
蛇は私の左足に乗り、こちらを見上げている。危害を加える気はなさそうだ。
竹谷も、いい子だって言ってたし、いつか私もお礼をしなきゃって思っていたし……。
蛇に、そっと手を差しのべてみた。
すると蛇は嬉しそうに私の腕にまとまりつく。冷たい身体が心地いい。鱗の感覚は新鮮で気持ちがいい。
「あはは、くすぐったいわ…!」
蛇は器用に私の身体を這い回る。脇腹を掠める度に笑ってしまった。
ああ、確かに、これは可愛いかもしれない。
畏怖の対象にある蛇と戯れるのは一種の背徳感や支配感すらあった。
蛇は私が笑うと「しゃー」と鳴いてとても楽しそう。竹谷の気持ちが理解できた。
怖がってしまったのが申し訳ないぐらいだわ。
「あのね、蛇さん。怖がってしまってごめんなさい。そして、助けてくれてありがとう」
私が蛇の頭を撫でると、また「しゃー」と鳴かれた。本当に可愛い。しかも大人しくていい子だ。助けてくれたし。
「えみ里?」
そのまま蛇と戯れていると後ろから声をかけられた。見つかった!という思いで振り向くと、そこにいたのは竹谷でドキリと鼓動が跳ねる。ああ、追われている時より身体に悪い。
「えみ里、何やってんだよ」
「見て分からないの?蛇と戯れてるのよ、悪い?」
緊張のせいで目が合わせれない上に、口が悪くなる。悪態を吐いてしまったという焦りで口元を押さえると、いつもは言い返してくる竹谷が「確かに、見たまんまだった」と笑顔を浮かべた。
それが余りにもいつもとは違って、首を傾げてしまう。私の身体を這っていた蛇は竹谷の身体に移る。ちょっとした体重がなくなっただけで、私の中にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。
「あ、の……竹谷………」
「あ、えみ里ーっ!!!!」
遠くから聞こえたその声に身体が反応する。言いかけた言葉は喉の奥に落ちていってしまった。
自分でも何を言うつもりだったのか分からなかったから、少し助かったけれど。
「おい、えみ里!なにぼーっとしてるんだ!」
「え!?」
「逃げるぞ!!!」
竹谷はそう言って私の手を引く。慌てて立ち上がり、走り出した。
誰が来たのだろうと振り向くと、七松さんが満面の笑みで追いかけてきている。「げ」と拒否反応を示す言葉が漏れた。
私の手を引いて走る竹谷の横顔は、真剣そのものだった。
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