fight 5
※竹谷視点
えみ里は俺の布団で眠ってしまった。まだ夕方なのだが、それだけ疲労し、混乱したのだろう。
無防備な寝顔が、少し悔しかった。
穏やかな寝息に思わずため息が漏れる。廊下はすごく静かだ。兵助はどうしたのだろうか。
先ほどのえみ里はどこか様子がおかしかった。いつもより大人しくて、言葉もなくて、泣いて。
自意識過剰でバカみたいなことしか言わないいつものこいつはどこにもいなかった。
兵助が怖かったからだろうか。いや、それもあるだろうけれど。
俺とあまり目を合わせてくれないのは、やっぱり蛇が怖かったからか?
あの時は俺の配慮が足りなかった。蛇だもんな。怖がるのが普通だ。
でも、怖いだけじゃないのを知ってほしくて思わず追いかけていた。
気配を探ればすぐ分かった。
煙硝蔵。
そこに駆けつけると彼女は兵助に襲われていた。震えていた。泣いていた。怯えていた。
気付いたら俺は無我夢中でえみ里を助けていて、実を言うと全然記憶がない。
ただえみ里を横抱きにして自室に飛び込んだことはよく覚えている。逃げているときも彼女はずっと泣いていた。
俺の忍び装束の胸の辺りが少し濡れている。えみ里の涙だ。
「なあ……」
呼び掛けても反応はない。
穏やかに、眠っている。
俺ならなにもしないと安心しているんだろう。
そうだよな。俺は正常だもんな。
他のやつらみたいに別にお前のことかわいいとも思ってねえし。好きでもねえし。
さぞ安心だろうな。
「おい……」
彼女の頬にかかった髪を指で退ける。触れても、彼女は目を覚まさない。
頬はやけに熱っぽかった。
「やわらけ」
つんつんと頬をつつく。
反応はない。
身じろぎひとつない。
すうすう と寝息が聞こえる。
ああ、よく見ると確かに綺麗な顔だな。
黙ってればいいのに、滝夜叉丸みたいなことばかり言ってるからダメなんだよお前は。
まつげ長い。
綺麗だ。
肌も柔らかくて白い。
鼻も高いな。
顔も小さい。
髪も滑らかで触り心地がいい。
唇もきっと、柔らかい。
「…………あ」
至近距離にえみ里の綺麗な顔があった。
俺は思わず飛び退く。
顔が熱い。
えみ里は寝ている。
だから今近づいたのは紛れもなく俺自身。
今、何をしようとした。
俺は、今、えみ里の唇を………。
柔らかそうだと思って、それを感じてみたくて。だから……。
だから……?
だから、重ねようとしたのか?
眠っている相手に?
それもこんなバカに?
どうして?
頭の中に疑問が渦巻く。
「ああ……くそぉ……っ」
俺はその日一晩中、眠るえみ里の横で思案を繰り返すことになる。
しかし、どれだけ考えても答えにたどり着く気はしなかった。
← top →