fight 3
「はあ………はあ………」
全速力で走って私は逃げた。もちろん蛇から。そしてあんなものを何でもないように触っていた竹谷から。
今思い返すだけでも怖い。
人間は本能的に蛇を拒絶するらしい。つまり、私は間違っていない。つまり、竹谷は人間じゃない。
そうか……あいつ人間じゃないのね……。
そんなやつに惚れられても困るわね。竹谷を惚れさせよう作戦は中止よ。私が耐えれないわ。
「はあ…………それにしても疲れたわ」
ここはどこだろうと辺りを見渡す。無我夢中で走っていたから、場所なんて考えてなかった。
「煙硝蔵……だったかしら、ここ」
そんな説明を受けたような受けていないような。とりあえず、蔵の影に身を隠して座り込んでいる。ここなら見つからないはず。
「えみ里……?」
「え」
安心してため息を吐いた瞬間、名前を呼ばれた。ふとそちらに視線を送るとそこには久々知が。
久々知は、「逆ハーレム状態」の渦中だ。
つまり、これは……。
危機。
「えみ里………俺………」
「ま、待って、久々知、待って!!!」
じりじりと久々知が近づいてくる。
そういえば、この煙硝蔵って火薬委員が使用していたんだっけ!
しまった、久々知は火薬委員だ!! 完全に気が抜けていた!
それもこれも全部竹谷と蛇のせいよ!!
「俺さ、やっぱりえみ里が……」
「待って待って待って!!」
走り疲れたせいか足が覚束ない。立てない。
やばい。やだ。
久々知の目はどこか生気が感じられない。虚ろで焦点が定まっていないのだ。
嘘。信じられない。
私は地面を這って逃げる。しかしどう考えても久々知の方が早い。
「えみ里……!!」
「きゃあ!!」
久々知に肩を押された。ぐいっと強く。背中は地面に着き、腹部には暖かみと重み。
馬乗りされている。押し倒されて、馬乗りされて。
本能が訴える。貞操の危機だ。
久々知の手が服にかかった。こっちの世界に来てから私はいつも小袖に身を包み暮らしている。こんな、脱がせやすい服、着るんじゃなかった。
「ま、待って、お願い!お願いよ…!!」
久々知は何も答えない。
なんでこんな。愛も何もないじゃない。
私が可愛すぎるからなの? でも、こんなのおかしいじゃない。
久々知の手が私の襟元を広げた。もちろん下着など着ていない。久々知の手首を掴み、押し退けようとするのだが力が足りない。腹部を蹴ろうにも、もう足が言うことを聞いてくれなかった。
まだ私、14歳なのよ?
久々知だってそうじゃない。ねぇ、まだ子供じゃない。だから、止めましょうよ。
私の声は久々知に届かない。
誰も助けてくれない。
だって、誰にも見つからないような場所に逃げてきたんだもの。
だから−−−。
「えみ里ーっ!!」
それは、まるでヒーローだった。
世界がスローモーションになって、目の前の久々知がゆっくり左の方に倒れていく。右から飛んできたのは竹谷で、彼が久々知を押し退けてくれたんだとすぐに理解できた。
「いけ!」
そう叫んだ竹谷は久々知目掛けて何かを投げつける。それは彼が先ほど手にしていた蛇だ。
蛇は鳴き声をあげ、久々知の足に絡み付く。本能的に久々知は怯む。当たり前だ、人間なのだから。
「今の内にいくぞ!」
そう言った竹谷は私に手を差し出してくる。私は首を振りながら「足が」と呟く。こんな足じゃ走れる気がしない。
すると彼は舌打ちを漏らして私の膝裏と背中に腕を回した。
そして、私を抱えあげ走り出したのだ。慌てて彼の首に腕を絡める。
それは所謂お姫様だっこだった。
安心したのだろうか、なぜか涙が流れてきて、彼の胸元に頭を擦り付けながら泣いた。土の香りがした。
それがとても私を落ち着けてくれた。
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