fight 2
「んっもうあり得ないいい!!」
私の前に座る不破は落ち着いて!と眉を八の字にする。図書室は私と不破しかいないからすごく静かだ。私のちょっとした声がとても大きく聞こえる。
不破は大好きだ。優しいし、竹谷と違って。
でも、静江と鉢屋を見ているとなんだか複雑な気持ちになって、好きになろうと思えない。だって同じ顔だし、申し訳ないんだもの。
「ごめんね不破……」
「うん、なんで謝られてるのかな、僕」
廊下からは度々人が走る音がする。私を探し回っているんだ。本当に諦めが悪いやつらね、うざったいわ。私、追われるのは好きだし、当たり前だとも思うけれど、数ヶ月前まで他の女の子を追いかけ回していたやつらを好きになるなんて無理だから。あんないい子を傷つけていたなんて信じられないわ。
それはもちろん竹谷も。
あいつも静江を追いかけ回していたらしい。でも今は好きでもなんでもないなんて、流石に酷すぎないか。じゃあなんで追いかけ回していたのよ。
それに、私に対しては何も思ってないってのもムカつくわ。
「あああ!腹立たしい!!」
私が図書室の机をバンッと叩くと不破に「図書室では静かに」と怒られてしまった。それも一理あるわね。私は口を閉じた。
「そんなに気になるなら、八左ヱ門に会いに行けば?」
不破は読んでいる本から顔を上げずに呟く。「気になってないわよ」と言いかけて、止めた。だって事実だったから。
「そうね、そうするわ……」
私は立ち上がり、図書室の外を確認する。廊下には誰もいない。今なら大丈夫だ。
私は振り返り不破に「ありがとう」だけを告げて竹谷を探すことにした。
それにしても、竹谷ってどこにいるのかしら。確か生物委員?だったから、生き物がいるとことか?私、動物は余り好きではないのだけれど。私以上に愛でられているのを見るとムカつく、という感覚を覚えている。きっと前の世界でそういうことがあったのだろう。記憶は曖昧でも、感情や感覚、そして知識というものは案外忘れない。思い出は、全くないが。
辺りを見渡しながら竹谷を探していると、中庭の隅の方にその背中を見つけた。竹谷だ。なぜか少し足取りが軽くなる。
「竹谷!」
私は廊下から外に下りて、彼に走り寄る。ええーと、なんの話をするんだっけ。
そうよ、私に対しては何も思ってないのが腹立たしいのだから、私に惚れさせればいいのよ。この私の美貌を持ってすれば余裕だけどね。
「竹谷、何を見てるの」
出来る限り優しく声をかけると、彼がこちらを振り向いた。
その手には、蛇。
「…………………」
「あ?えみ里かよ。何って、こいつ見てたんだよ。………あれ?えみ里?」
「……………………」
「おーい?聞こえてる?」
「…………………………」
蛇。
「ぎゃあああああ!!!!!」
あり得ない!
あんなものを手にとって笑ってるなんてあり得ない!
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!!!!
蛇に殺される!!!!
「あ、おい、えみ里!!!」
そんな竹谷の声を背中に受けながら、私はひたすらに走った。
竹谷八左ヱ門、あいつ人じゃないわ。あり得ないもの。
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