fight 11
倉庫から出ると、まだ日が昇っていないようで、辺りは薄暗かった。明朝の空気は澄みきっており、深呼吸すると肺の隅々を冷やしていく。頭がスッキリとし、視界が明瞭になってきた。
忍術学園の中庭には、今、私しかいない。久しぶりだ、こんなに静かなのも。
さあ、どこかに隠れないと。誰にもバレない場所に行かないと。
竹谷にも、見つからない場所に。
呆然と歩き、草を掻き分け、身を潜める。膝を抱え、その膝小僧に額をこすりつけた。ここはすごいわ。きっと誰にも見つからない。
ずっとずっと、ここで一人ぼっちよ。
ええ、いいじゃない。
一人ぼっち。寂しくないわ。騒がしくなくて、穏やかで、素敵だわ。
だから、全然寂しくないわ。
なのに……。
「えみ里!!!!」
ねぇ、止めてよ。
なんで、見つけるのよ。
こんなにも上手に隠れたのに。
バカみたいじゃない。
草を掻き分け、私の名を呼んだのは竹谷だった。彼の足元には小さな狼がいた。
ああ、ずるじゃない。そんなの、隠れきれるわけがない。
「何やってんだこんなところで!」
「いいじゃない、誰にも見つからないのよ?」
「危うく俺も見つけられないとこだっただろうが」
「別にどうだっていいじゃない」つい出てしまった言葉に竹谷は眉を潜める。
本当は嬉しいんだ。竹谷が私を見つけてくれたことが。でも、声にして喜ぶのもバカらしくて素直になれない。
「なんだよ…………俺の勘違いかよ」
ぼそりと呟かれたその言葉に肩が震えた。
意味はよく分からなかったけれど、それでも本能的に「怖い」と感じた。竹谷が、遠くに感じられて。拒絶されているようで。すごく怖い。
「一人でいたいなら勝手にしろ」
竹谷はそれだけ言い残して背中を向けてしまう。
いかないで。
側にいて。
私、竹谷がいいの。
よろよろと立ち上がり、竹谷に手を伸ばす。こんなところで踞っていたくない。
隣にいて。
隣に、いさせて。
「たけ、や…!!」
彼の服の袖を掴む。
弱い力だったけれど、竹谷は足を止めてくれた。
「どこにもいかないで……!!」
私の言葉に彼は振り向き、両の目を見開いた。
それから彼は自嘲気味に笑う。
「誰にも、見つかりたくないんじゃねーのかよ……俺にも見つかりたくないんじゃねーのかよ」
「竹谷………」
「バカだったって思ったじゃねぇか。同じ気持ちなんだって浮かれた俺がよ」
「違うの、私……!!」
「言い訳なんて要らない!!」
そう言って彼は私の手を振り払った。
ああ、目の前が真っ暗になっていく。
もうどうにもならないんじゃないか。
ねぇ、どこで間違ったの私。
私は……。
「言い訳なんて要らないから!お前の気持ちを聞かせてくれ!!!」
力強いその声に、目の前が晴れやかに色身を帯びていく。少し顔を赤くした竹谷が私を見つめていた。
余りのことで思考が追い付かない。
それなのに、思いは不自然なほど簡単に口から溢れた。
「私は竹谷が好き……」
言い終わるか終わらないかぐらいに竹谷に抱き締められた。
あの逞しい身体に、力一杯だから少し痛いけれど、そんなことより胸の方が痛かった。
「俺も、好きだ」
やっと、くれたね。
私が、ただ一つだけ求めていたその「好き」を。
← top →