竹谷がたおせない!【完】 | ナノ


fight 9


しばらく、無言が続いた。その間もずっと扉を叩く音だけは聞こえていた。

どれだけの時間が経ったのだろう。
気づいた頃には扉を叩く音も七松さんの声も聞こえてこない。

諦めたのだろうか。

なんだか身体が重い。よくよく考えると私の身体はたくさんの物が溢れた床の上に横たわっている。瞼もうまく開かないから、寝ていたということを理解するのは容易かった。
なんでこの状況でのんきに寝れたのかしら。自分の大物っぷりが怖いわ。

「ん………っ」
「え……?」

そろそろ出ても大丈夫かしら と考えていると至近距離から吐息が聞こえてきた。バクバク、心臓がうるさい。

「たけ、や…?」

鼻の頭が擦れそうなほど近くに、竹谷の顔がある。

私は慌てて起き上がり距離をとる。竹谷は穏やかな睡眠についているようで、私が動いても起きる気配はない。こんなところに閉じ込められたのだから疲れるのは理解できるけれど。
何もこんなに近くで寝なくてもいいじゃない。心臓に悪いのよ。

「竹谷、そろそろ………」

私は彼の肩を揺らす。
竹谷は うーん と唸るだけで起きようとしない。
思わず見つめてしまう。

あら、荒れた肌。髪もボサボサじゃない。でも意外にまつげは長いのね。私の方が長いけれど。

ねぇ、私ね、本当にあなたのことが好きなのよ。
だから、キスしようとしたのよ。
きっとあなたは分かっていないだろうけれど。

現実から逃げたくてキスを迫った自覚はあるの。
でもね?
そこにちゃんと、思いはあった。

竹谷だったから。
竹谷だったから、キスしたいと思った。
竹谷じゃなかったら、あんなことしない。

私の思いを、愛を、「好き」を、否定しないで。

「バカみたいだわ……」

こんなやつ、好きになるなんて。
うるさいし、暑苦しいし、私のこと愛してくれないし。誰かしらね、女は追われる方が好きだなんて言ったの。
なんで私はこんなに竹谷を追いかけてしまうのかしら。ああ、怖いわ。恋なんて。笑えない。

「笑えない………っ」

そう言って、笑ってやろうと思ったのに、瞳からは涙が溢れた。

私の荒れた心に反して、竹谷の穏やかな寝息。胸が苦しくなった。
私だけが、痛い。
ずっとずっと、私だけ。

「好きよ…………好きなの…………好きなのよ………」

ポタリポタリ。涙は止まらない。
止めないけれど。

目元を、覆いも拭いもせずに流れるまま。
それは、まるで今の私の気持ちのようだ。

隠さずに、さらけ出す。

「好きよ………竹谷……」

私は眠る彼にそっと顔を寄せた。
唇に、したい。けれど、勝手にしていいものじゃない。
小さく下唇を噛んで、私は彼の頬にキスをした。


「あなたが、私を好きじゃなくても。私はあなたが………好き」


最後に優しく彼の頭を撫でて、立ち上がる。

ああ、こんな毒みたいな空間、早く出なければ。

もっともっと、上を求めてしまう前に。



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