竹谷がたおせない!【完】 | ナノ


fight 8


ガンガンガン と、扉を叩く音がこだまする。内側から閂(かんぬき)がしてあるから簡単には開かないだろうけれど、恐怖を煽るには十分だった。

ここは用具倉庫。
七松さんに追われた私は竹谷の手に引かれてここに逃げ込んだ。しかし、流石の七松さん。早々にここを突き止めたみたい。臭いでも辿ったと言うのかしら。……恐ろしい人。

用具倉庫は真っ暗で狭い。何に使うのかもわからない道具がところ狭しと置いてあるらしい。とりあえず、足の踏み場がない。床に座り込んでいる今だって、足の先が何かにぶつかっているのだ。

私をここまでつれてきてくれた竹谷は私を庇うように、こちらに背中を向けて座っている。よく見えないけれど、背中だと思う感触は驚くほど近くにあった。

どきどきと胸が痛む。
息が苦しい。

ガンガンガン! 七松さんはまだ諦めないみたい。
早く諦めてくれないかしら。この状況、辛いものがある。
私は思わず竹谷の背中に身を寄せた。手を当て、ぎゅっと彼の装束を握った。ああ、皺になってしまうかもしれない。でも、こうしていると安心する。

「大丈夫だから」

「はあ」とため息を溢すと、竹谷が聞き逃しかけるほど小さい声で言う。一瞬何を言われたかが分からなくて、目をぱちくりと瞬かせてしまう。言われたことを理解しても、恥ずかしくて小さく頷くことしか出来なかった。

ガンガンガン!
「おーい!えみ里ー?」

外からは七松さんの声がひっきりなしに聞こえてくる。でもその声に抑揚は感じられない。
まるで人形。

「やばいな。七松先輩なら扉……いや、倉庫ごと壊せる…」
「え………」

七松さんの声に少し悲しくなっていると、前方から竹谷の苦々しい呟きが聞こえてきた。至って真面目な声。
確かに、あの人間離れした体力を持つ七松さんなら………。

考えるとゾッとする。

「た、竹谷………っ」
「落ち着け!大丈夫だから!」
「な、何が大丈夫なのよ!!」

もう限界だ。
こんなに追われて、他人も巻き込んで。
いきなり大声をあげた私を竹谷は咎めるが、もうそんなのどうでもいい。

暗闇に慣れきった目は、しっかりと竹谷の顔をとらえていた。
こちらを向いて、心配そうに眉根を下げている。

もう、いやだ。
限界だ。

モテまくる。ええ、最高ね。
でも、好きな人に「好き」と思われなくちゃ意味がないじゃない。
竹谷が私を好きじゃないなんて、酷すぎるじゃない。
どれだけ人に好意をぶつけられても、例え100回「好き」をぶつけられても、望む1回の「好き」じゃなければ私は揺らがない。

私は、竹谷がいいのに。

こんな辛い時間、もう止めさせて。

私は驚く竹谷に顔を寄せる。

キスを、すればいい。
好きな人と。
そうすれば私は……。


「待て!!!!」

「え……?」


もうすぐで唇が重なるという時、私は竹谷に押し返された。彼は困惑した表情でこちらを見つめている。

「焦ったって意味ねーよ!」
「意味が、ない……?」
「好きなやつとキスをしなきゃなんないんだろ!?」

俺じゃ意味ねーよ!と竹谷は言った。
真剣な顔で。

ねえ?
どうして?
なんでそんなこと言うの?
焦ってなんかないよ。
好きだからだよ。
好きだから、キスをしたら全てが収まるの。
なんで? 分かってよ。
キスをしようとしたんだから分かってよ。
私の気持ちぐらい分かってよ。

瞳から涙が溢れる。言いたい文句は全て嗚咽に紛れていってしまった。

好き という言葉もすべて、本物が埋まる嗚咽の中へ。




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