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※雷蔵視点
ああ、もどかしい。
「鉢屋くん、私のこと嫌いじゃないかな?」
「う、うーん、嫌いじゃないと思うけど」
いや、むしろ好きだから。
なんて、言えるはずもなく僕は曖昧に誤魔化した。
静枝ちゃんはほっとため息を吐いて、よかったぁ と笑った。
僕的には何もよろしくないんだけど。
二人きりの図書室。静枝ちゃんは今、三郎に思いを伝えるために男性恐怖症を克服しようとしているらしい。その相手に、僕を選ぶのはまあ分からなくもないけれど。
お互いの気持ちを知っている身としては複雑きわまりない。
本当にもどかしい。
三郎に至っては僕たちが付き合っているとまで思っているらしい。勘違いも甚だしいのだが、静枝ちゃんには男性恐怖症を克服しようとしていることは内緒にしてくれと言われているから上手く説明できていない。それに、静枝ちゃんは勘違いされていることに気づいていないのだから大変だ。
決定的に噛み合っていない。
僕たちが付き合っていると思っている三郎は静枝ちゃんを避ける。そんな風に思われているとは知らない静枝ちゃんはなぜ三郎に避けられているか分からない。だから嫌われているのでは?と考える。そのことを僕に相談してくる。僕は誤魔化しながらじゃ上手く説明できなくて、モヤモヤしたまま時間だけが過ぎる。
そんなのばかりだ。
何か、決定的なイベントがあればいいのに。
やっぱりこういうのは僕が用意するべきなのかな? いや、でもバレたら元も子もないし。それに、どうにかする案なんて思い付きもしない。
ああ、もう! 面倒くさいな!
お互いが素直に思いを伝えたら万事解決なのに!
まだ静枝ちゃんが三郎の変装を見抜けなかったらどうにかする案もあるのに。彼女は残念ながら見抜けるのだ。「鉢屋くんが好きだからかな」なんて照れたように言う彼女にむず痒くなったのはいい思い出だ。
「はぁ………最近鉢屋くん冷たいなぁ……」
「そ、そうかな?」
「うん。そうだよ。はぁ………もどかしいなぁ」
もどかしいのは僕だよ!
静枝ちゃんはずっとウジウジウジウジ。
今まで嫌っていた男性を克服しようとまでしているのに、どうしてその実行力を生かさないの!
三郎も嫌われないように必死で、自分の思いを隠すことばかり考えている。三郎らしくない!
「鉢屋くん……好きな人とかいるのかなぁ……」
「あー、いや、あはは、どうだろう…」
だから好きなのは君なんだってば!
これは一刻も早く男性恐怖症を解消させなければ。解消させて静枝ちゃんに告白させたらこの苦悶からは解放されるはず!
「よし、じゃあ、今日は手を握ってみようか!」
「う、うん、頑張る!」
静枝ちゃんは震える小さな手を僕の手に近づけていく。僕は何もせずにじーっとその様子を見守る。
指先が触れた。静枝ちゃんはびくんと肩を揺らす。大丈夫だよと続きを誘導すると、彼女は小さく頷いた。
そろそろと僕の手のひらを彼女の指が伝う。少しだけくすぐったい。
あと少し。
あと少しで。
「もうちょっと……!!」
静枝ちゃんは涙を浮かべた目をぎゅっと閉じる。そしてそのまま、僕の手を握ってみせた。
震えは、感じない。
「静枝ちゃん、繋げたね」
「え……?」
静枝ちゃんは無我夢中でやっていたようで、繋がった手を見つめてキラキラと輝く笑顔を浮かべた。
「で、出来た…!!!!」
静枝ちゃんは飛び上がるぐらい喜んで図書室を出ていく。「鉢屋くん探してくる!」という声が廊下から聞こえてきた。
僕は一人きりになった図書室でため息を吐いた。
「これで少しは前進しますように…」