たすけてはちやくん!


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「今日もごめんね…」

もう流石にみんなが静枝を探すことを諦めて寝静まった頃、また私たちの部屋に逃げ込んでいた彼女がか細い声で呟いた。気にしていない と返しても、彼女は複雑そうに笑うだけ。
静枝は私たちに「おやすみ」と声をかけると部屋を出ていった。私たちの部屋で眠ってしまう時もあれば、自分の部屋に帰るときもある。今日は後者のようだ。

いつもは追いかけない彼女の背中。でも今日はなぜか気になってしまい、私も部屋を飛び出した。

静枝は中庭に佇み、空を見上げていた。
その横顔が月明かりに照らされる。泣いても笑ってもいなかった。ただ、ぼーっと空を見上げている。何が見えるのだろうとつられて空を見上げてみるが星や月しかない。これを見ているのかとも思ったが、そんなものよりもっと遠くを見ているような気がする。彼女の考えていることは分からない。

「冷えるぞ」

星や月を映すその目に、私のことも映してほしくて思わず声をかけていた。彼女はまるで私がいることに気づいていたかのようにゆっくりとこちらを向いて微笑む。

「うん、そうだね、眠らなくちゃ」

そう言って一歩を踏み出した瞬間、彼女の足元が沈んだ。

「静枝!!」
「い………っ、きゃあああ!!!!」

ずぶんっと音をたてて、静枝は地面の底に落ちていく。迷わず駆け寄ると、それは落とし穴だった。この綺麗な掘り跡、四年の綾部喜八郎か。

「静枝!大丈夫か!?」
「ん……っ…だ、大丈夫……」

落とし穴はそこまで深くはなかった。これは明らかに彼女を捕まえるためのものだ。捕獲用の落とし穴。私たちの部屋に入り浸っていることを知っていて、ここに掘ったのだろう。それにしてもいつの間に。まったく知らなかった。

「静枝、出れるか?」
「む、無理だよ……」

私たち忍たまにとってはなんともない穴なのだが、静枝にはそうではないらしい。穴の中で涙をためてこちらを見上げている。

「じゃあ、ちょっと待ってろ」

私は落とし穴の中に入る。静枝が驚いた顔をしているが「私は簡単に出れるから気にするな」と返しておいた。

「さあ、静枝。私の肩に乗れ」
「え?」
「肩の上に立つんだ。そしたら私が持ち上げる。それなら出れるだろう?」

私の提案に静枝は激しく首をふる。やはり、少しでも触れてしまうのが怖いのだろうか。しかし、これ以外に出来るだけ触れずに出れる方法なんて思い浮かばない。
すると彼女は浮かない顔のままぼそりと呟いた。

「は、鉢屋くんを踏み台になんて出来ないよ…」
「気にしなくていい」
「ううん。だっていつも感謝で一杯なんだもん。だから、鉢屋くんの上に立つなんて申し訳ないよ」

彼女の言葉は予想外だった。
そうか、私に触れられるのが怖いわけではないのか。そうだと分かれば嬉しくて仕方なくなってくる。
そのままニヤニヤ笑っていると静枝は少しむすっとした。

「いや、いい、乗れ」
「え、でも」
「構わない。お前が私に感謝してくれてるのは分かったからな。今は、静枝を助けさせてくれ」

彼女の足元にしゃがみこんで言えば、彼女は少しばかり顔を赤くしているように見えた。暗いからよく見えていないのだけど、赤くなっていると思うことにしよう。

「じゃ、じゃあ……」

静枝は恐る恐るといった様子で私の肩に乗る。足の裏が余りにも柔らかくて変な気持ちが芽生えそうだ。でも、努めて紳士でいなければならない。彼女の側にいる限り。私は邪な気持ちを振り払い、彼女の足首を掴む。

はじめて、触れた部位が足首だなんて笑える話だな。

「よし、立つぞ」
「う、ん」

静枝の返事を聞いてからゆっくり立ち上がる。少し前傾姿勢で、彼女が落とし穴の壁に手をつけて支えにしているだろうから。

完全に立ち上がると、肩から彼女の体重が消えた。どうやら出れたらしい。
なぜだかとても虚しい。果てしない喪失感に見舞われた。

そうか、こんな些細なことも幸福に感じていたのか。

私は小さく拳を作ってから情けなくため息を吐き、天を仰ぐ。
すると、そこにはこちらに手を伸ばす静枝がいた。

「静枝……?」
「鉢屋くん!掴まって!引き上げるから…!」

余りにも必死な姿に笑みが漏れてしまった。そして、彼女が自ら手を差し出してくれるのかすごく、嬉しかった。
「静枝の力じゃ無理だ」と返すと、彼女は罰が悪そうに唇を尖らせる。でもこれ以上彼女を一人にしたくなくて、私は落とし穴から飛び出した。これぐらいならわけない。

少し、空が近くなったように感じた。実際は相変わらず遠いままなのだが。

静枝の側に着地すると、彼女は目を丸くしている。「忍者だからね」と声をかけると、彼女はにこりと笑った。


今晩はなんだかいい夜だ。
日が昇るのがもったいないぐらい、いい夜だ。

そう思えば、天に輝く星々も、悠然と佇む月も、なんだか素晴らしいものに見えてきた。

彼女と二人だけで見上げているのだと思うと、恥ずかしながら鼓動が高鳴った。