たすけてはちやくん!


-help 3-



「いやぁああ!!!」

ある日の昼下がり。これからの午後の授業が始まるというとき、廊下の方から叫び声が聞こえてきた。教室にいた八左ヱ門が何かを察したのか立ち上がる。そんな彼を雷蔵が取り押さえた。ぎゃいぎゃいと騒ぐ八左ヱ門を手早く縄で締め上げて、それから雷蔵はこちらを向いて微笑んだ。私は頷きを一つ、教室を飛び出す。

あれは、静枝の叫び声だ。
また誰かに追われているんだ。

私が助ける。助けなくてはいけない。静枝には私たちしかいないのだから。
廊下の真ん中に立ち、集中する。そうすれば、嫌でも気配を感じるというものだ。

…………六年長屋の方だ。

私はひたすら六年長屋に向けて走った。

あそこにいるということは相手は六年か。六年で彼女を追いかけ回すのは食満先輩か七松先輩。他の四人は比較的落ち着いている。安心は出来ないけれど。

食満先輩であろうと七松先輩であろうと関係ない。静枝を悲しませるなら倒す、それだけだ。

私が六年長屋を走り回っていると廊下の曲がり角から誰かが飛び出してくる。

静枝だ。

彼女は一心不乱にこちらに走ってくる。私には気づいていないらしい。

「静枝!」

私が声をかけると、彼女はがばりと顔を上げた。最初は絶望に染まっていたその顔も、私だと分かった瞬間に安堵に変わる。彼女は「鉢屋くん」と泣きそうな声で呟いた。

「いいか、静枝。この空き教室に身を隠すんだ。隅の方にな。後は私がどうにかする!」

私は近くの空き教室の障子を引く。彼女は口元を押さえながら頷いた。声を出さないように、という心掛けだろう。

静枝が中に入ったのを確認し障子を閉める。中は暗かったし、万が一開けられても隅の方にいればすぐには分からないだろう。
まあ、開けられないのが一番いいのだが。

「静枝…!!!」

静枝が来た方から男の声がする。私は一度深呼吸をしてからそちらに視線をやる。

そこには食満先輩が立っていた。
この人か、静枝を追いかけ回していたのは。
思わず強く拳を握ってしまった。

「鉢屋、三郎か……」
「こんにちは、食満先輩。もうすぐ午後の授業が始まりますよ」

「お前もだろう」と食満先輩は眉を潜めた。「私は授業より大切なものがあるので」と返す。
食満先輩から殺気を感じる。私が匿っていることに気づいているんだろう。
だが、六年相手でも譲れないものがある。

静枝は渡してやらない。絶対に。

「悪いが、そこを退いてくれないか。そこに必要なものが入っているんだ」
「嫌です」
「なんだと……?」

食満先輩の眉間のシワが深くなる。
だけど、不思議と落ち着いていた。言うなれば、負ける気がしない。

「だって、この中に入っているものは、貴方を必要としていませんから」
「鉢屋……っ!!」

食満先輩に胸ぐらを掴まれる。
圧迫感はない。怖くはない。
むしろ、ここから退いて、彼女が他の人の手に渡ることの方が怖い。それに比べればこれぐらい。

「この中に入っているものが必要としているものは、貴方ではなくて、私だ」
「くっ………」

低く呟けば食満先輩に隙が生まれた。私はその隙に彼の手をはね除ける。


「彼女に近付くな」


私の言葉に声を失った食満先輩は舌打ちを漏らして姿を消す。
完全に彼の気配を感じなくなってから思わずため息が漏れた。あの様子からいって、彼はあと少しで武器を取り出していたことだろう。

「静枝……?」

先ほどから音がしない空き教室が気になり中に入る。すると静枝は部屋の隅の方で膝を抱えて耳を両手で塞いでいた。

とても悲しくなった。

そして、触れてしまいたくなった。

でも触れれないから、私は彼女がこちらに気づくまで待つことにした。
この様子じゃ声をかけても気づいてくれない。でも肩を叩くことも出来ない。だからこうやって待ち続ける。

不思議と苦には感じなかった。
こんな下らない時間も、全て尊いもののように感じたから。