たすけてはちやくん!


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「三郎も素直になればいいのに」

本の頁をめくる音と小さな寝息だけが聞こえる部屋で、雷蔵が呟いた。私は閉じていたまぶたを持ち上げる。寝ようとはしているのだが、どうにも寝付けない。
ちらりと雷蔵の方を見ると彼は読んでいた本を既に閉じていた。寝息は静枝のものだ。彼女は走り疲れたのか雷蔵の布団で眠りについている。

「素直に?」
「そう。だって、隠してるじゃないか」

雷蔵は複雑そうに笑った。私は思わず顔を伏せる。
彼が言いたいことは分かる。
私は静枝が好きだから。でも、それを表に出したことがないし、出さないように心がけている。

「いいんだ、私はこれで」
「本当に?」
「ああ」

私の言葉に雷蔵はそっかと短絡に言い、本を床に置いた。寝るよ と一言だけ言い残し、彼は座ったまま壁に背中を預け、まぶたを下ろした。
静枝のためにそこまでするのかと思うと、負けた気持ちになる。雷蔵は優しすぎる。私はそこまで器用に出来ない。

このまま寝るのも気分が悪いから、私は寝返りをうって静枝の方に身体を向けた。目元が腫れている。あんなに泣いたのだから当たり前か。
こんな地味な女、よくもまあ追い回すな。ビクビクしてるし、自分の意思も声に出さないし、何よりも「嫌い」を全面に出しているやつを。

みんなは何がきっかけなのだろうか。どうして好きになったのだろうか。あんなに僅かな時間で。みんな一目惚れなんて、笑わせてくれる話じゃないか。

「私はな、お前に頼られるから惚れてしまったんだ。あんなに周りの連中から逃げているやつが私と雷蔵だけになついたんだ、特別に見えてくるだろう?だから、全てが美化して写るんだ。泣いていても、震えていても、可愛く見えるんだ」

つらつらと口をついて出る言葉。きっと雷蔵はまだ起きているけれど、構うものか。雷蔵なら聞いてない振りをしてくれるはずだから。
静枝はバカみたいに油断した顔で眠っている。私たちだけはなにもしないと信じきった顔。
その信頼が心地いいからなにもできない。「嫌われてもいい」なんて思えない。

そっと彼女に手を伸ばして、引っ込めた。
触れたらいけない。きっと嫌われる。
私は彼らとは違うと思われなくてはいけない。だから、触れれない。

本当は抱き締めたいんだ。
泣いているとき、追われているとき、笑っているとき。
いつもいつも抱き締めたいと思っているんだ。
だけど嫌われたくなくて、この距離に安心を抱いていて、だから。

だから、お前は何も知らないままでいいんだ。

私の恋心なんて、その笑顔のためにはいらないものだから。
知らないまま、一蹴してくれても構わない。

彼女の特別でいられる時間を大切にさせてくれ。