たすけてはちやくん!


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あの後やって来た雷蔵は、私の素顔を見て「久しぶり」と笑った。それがなんだかちょっと嬉しかった。その反面やっぱり落ち着かなくて、すぐ雷蔵の顔に戻した。

それから雷蔵は今までの話をしてくれた。

静枝が私のことを好きであったこと。
私に告白するために男性恐怖症を克服しようとしていたこと。
そのために雷蔵とよく二人でいたこと。
全部聞いてみれば至極下らないことで、思わず苦笑してしまった。雷蔵は全て知っていたのか。「教えてくれればよかったのに」と言うと、「僕が言っても意味ないよ」と笑われた。確かに。これは、私と静枝の問題だったのだ。

当の静枝は真っ赤な顔をして雷蔵の後ろに隠れている。さっきまでの勢いはどこに消えたというのだろう。今さら恥ずかしがってももう遅い。
さっきはあんなに触れてくれたのに。無我夢中だったんだろうけど。バカみたいに泣いていたし。

「静枝」
「っ…!!」

名前を呼ぶと肩を揺らす。なんだか、関係が後退していないだろうか。

「静枝、こっちにおいで。話したいことがあるんだ」

私はまだちゃんと思いを伝えられていない。静枝はあんなに真っ直ぐ私に好意をぶつけてくれたのに。答えてやらなきゃ。答えたい。何よりも、私のために。

まだ雷蔵の後ろに隠れる彼女にため息を吐いたのはその雷蔵だった。彼は静枝の首根っこを掴んで私の前に差し出す。さながら親猫に運ばれる子猫。
その間抜けな姿に笑いがこぼれる。

「僕は図書室に戻るよ。後は二人でやってなさい。付き合いきれません」

雷蔵はそう言って片手をヒラヒラと振って部屋を出ていく。静枝はその背中を追おうとするが、障子をぴしゃりと閉められ諦めたようだ。
なんだかんだで雷蔵を振り回してしまったから、後日団子でも買ってやろう。許してくれるだろう。怒ってすらいないかもしれないが。

「静枝」

未だに障子の方に身体を向ける彼女に声をかける。静枝はまた肩を震わせ、でもちゃんとこちらを振り向いてくれた。

「は、はい……」
「静枝、私が好きだというのは本当?」
「ほ、本当!嘘なんて吐かないよ!!」
「そうか……」

そっと彼女に手を伸ばす。
静枝は一瞬だけまぶたを閉じかけるが、しっかりと見開き私を見つめてくる。

震えは、ない。

「怖くないか?」
「うん」
「大丈夫か?」
「うん」
「それは………」

彼女の頬に触れる。
柔らかくて暖かくて、無性に泣きたくなった。

触れている。
静枝に、ちゃんと、触れている。

それだけで素晴らしいことなんだ。だから、これはただのわがまま。


「怖くないのも、大丈夫なのも、それは……私だけか………?」

彼女の瞳には涙が滲んでいた。
悲しんでいるからではない。
笑みをたたえている。
恐怖なんて、微塵も感じていないようだ。


「うん、鉢屋くんだけだよ」


私は優しく彼女を抱き締めた。
彼女も私の背中に腕を回す。
力を込めすぎないように、ほんのちょっとの欲望を押し殺して。


ずっとずっと、こうしたかったんだ。

ずっと、ずっと。
抱き締めたかった。

これからは泣いてるときも、追われているときも、笑っているときも、こうやって抱き締めることが出来るんだ。

私だけが、出来るんだ。