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驚いた。
図書室で静枝と雷蔵が手を繋いでいたのだ。
私は思わず逃げ出していた。
でも我を忘れて走っていると、たどり着く場所は限られてくる。気付けば私は自室にいた。
雷蔵の寝具、本、服、全てに嫉妬している自分が醜い。
ああ、こんなんだから、こんなんだからダメなんだ。
私じゃダメなんだ。
躊躇っていたから。
だってまさか、雷蔵には触れれるなんて思わないじゃないか。
だってまさか。
なんで……こんなことになってるんだよ。
今の自分が醜くて仕方なかった。
雷蔵の顔をした、ニセモノ。
完璧な変装なのに、なぜか静枝にはバレてしまう。バレてしまうのは知っている。
だから、いいんだ、もう。
ニセモノじゃなければいいんだ。
私が、雷蔵になるんだ。
僕が、雷蔵だ。
「鉢屋くんっ!!!」
自室の障子が開いた。
この声、静枝だ。
ああ、違う「静枝ちゃん」だ。僕は雷蔵だから、そう呼ばなくちゃ。
「静枝ちゃん……?」
「鉢屋くん……?」
「どうしたの?大丈夫?」
静枝ちゃんは青白い顔をしていた。
ああ、こんなに青くなって、また誰かに追われたのかな。
僕は彼女の恋人なんだから、守らなくちゃ。三郎には、悪いけれど。
静枝ちゃんは、僕のものだもんね?
「は、鉢屋くん、こそ……大丈夫?」
「ううん、違うよ」
「え」
「僕は雷蔵。不破雷蔵」
僕の言葉に静枝ちゃんは首を振る。どうして、今日は見極めてくれないの?
どこからどう見ても、僕は雷蔵じゃないか。
「鉢屋くんだよ…!!」
「静枝ちゃん?」
「だって、鉢屋くんなんだもん…!!」
静枝ちゃんの目には涙が浮かんでいた。なんで、三郎のことで泣くの? 君は僕のなのに。
「雷蔵、僕は雷蔵。三郎はここにはいないよ」
「違う!貴方が鉢屋くん!鉢屋三郎なの!!!」
「どうして……そんなことを言うの?」
いいじゃないか、僕が雷蔵で。
いいじゃないか、三郎のことなんて。
だって、雷蔵の方が君の側にいれるじゃないか。
だから、三郎なんて必要ないんだよ。
君の側にいるのは、雷蔵だけでいい。
「いいじゃないか、僕のことが好きなんでしょう?」
「え………」
「だから、雷蔵でいいじゃないか」
そっと彼女に手を伸ばした。
すると静枝ちゃんは僕の肩を突き飛ばす。非力ながら、少しバランスを崩してしまった。
今のは、明らかな拒否だ。
「違う!私が好きなのは「貴方」じゃない!そんな「貴方」じゃない!!!私が好きになった鉢屋三郎くんを返して!!!!」
「え?」
静枝ちゃんは僕につかみかかる。部屋の隅に積んであった布団の上に倒れ込んだ。彼女は何度も何度も涙を拭いながら、僕の髪の毛を掴んだ。
「返して!返してぇ!!!」
ぼろぼろと涙を流して、僕の髪を「私」から引き剥がす。
変装を解かれているのだという自覚はあった。でも、不思議と拒絶できなかった。
どうしても、本当の私を見つけてほしくて。
「やっと、見つけたよ……鉢屋三郎くん」
外気に晒される素肌。ああ、この顔を誰かに見せるなんて。学園内じゃ雷蔵ぐらいしか知らないのに。
嫌ではない。
本当の顔で彼女を見つめているのだと思うと、胸がいっぱいになった。
彼女は震える指で私の本当の肌に触れる。冷たい指だ。
「あはは………なんだろう……、ざらざらだね」
「変装ばかりしてると肌が荒れるんだ」
「でも、好きだよ……」
「それはすごく驚いた。雷蔵ではないのか?」
「うん、私が好きなのは、鉢屋三郎くんだよ」
「ああ、ありがとう……」
「私」の肌を暖かい何かが伝った。久しぶりに、本物の涙を流した気がする。