きさらぎより | ナノ

夢を見た。

幼稚園のころ、私は走るのが得意で運動会で一位をとった。
両親はすごく喜んでくれて、その日の夜ご飯は私の大好きなオムライスで、お母さんがケチャップでハートを描いてくれた。
でもお母さんは綺麗にハートが描けなくて、代わりに私がお母さんのオムライスにハートを描いてあげた。そしたら両親は「廉奈は絵が上手ね」って誉めてくれて、それから私はよく絵を描くようになった。

そんな些細なことが今の私を形作っている。
だからきっと、素敵な方々に出会えたのは全部全部両親のお陰。なのに私は、そんなことを忘れていた。

忘れて、まだ、ありがとうを言えていないのに、こんな世界に来てしまって。


お父さん、お母さん。

私…………。





「っ……!!!」

私はがばりと身体を持ち上げた。

ああ、なんて夢だったのだろう。
とてもとても暖かい、忘れてしまった思い出の夢。

「はぁ………はぁ………」

私は息を整えながら辺りを見渡した。
木造の、小さな小屋。
部屋の真ん中には囲炉裏がある。山田さんはいないけれど、ここが家じゃないことぐらいは分かる。ああ、やっぱり、都合よく帰れるわけがない。

途端、夢の中の両親を思い出した。
優しい笑顔で私の頭を撫でてくれた。

あの優しさも、暖かさも、今はもう手の届かない場所。

「あっ………」

ポタリと、掛け布団の上にシミができた。そのシミはいくつもいくつも出来ていく。
次第にそれを視界に納めることの方が困難になってきた。
視界が歪んで、何も見えやしない。

「ふっ…ぐ、………ああ……えぐっ…………うぅ………あああ……っ」

声を抑えようと口元を両手で覆うが、どうしても指の合間を縫って声が出てしまう。

帰りたい。
帰りたい帰りたい。

お母さんに会いたい。
お父さんに会いたい。

会えない。
会いたいと思った頃にはもう、会えなくなってるなんてバカみたいじゃないか。
本当に帰れないのだろうか。
いや、帰れない。
トンネルはない。手段がない。

私が、自らの足でこちら側に来たのだ。
私のせいだ。自業自得だ。


「私が………わたしがぁ………」

「待て、そう自分を責めるな」


頭上から声がした。ああ、山田さんだ。どこにいっていたのだろうか。
人様に涙を見せるなんて情けないはずなのに、涙は止まってくれない。

山田さんは私の目の前にしゃがみこむと、私の両頬を手で挟み、顔を持ち上げる。歪んだ視界に山田さんの真剣な顔が映り込んだ。

「私は君に何があったかは知らない。しかし、こんなに辛そうに泣く君を無視するほど無慈悲じゃない。だから、聞かせてくれ」
「いや…………きっと、信じてくれ、ない……」
「ならば、全部は聞かない。今、君が泣いている理由を聞かせてほしい」

ああ、すがってもいいんだろうか。きっと彼は逃げ道だ。
それでも構うものか。
こんな辛いことを抱えて生きていくなんて、出来るわけがない。私を「可哀想に」と哀れんで。

「い、いえに帰れないんです…」
「家に?」
「家も、両親も、もう、ない」
「………」

私の言葉に山田さんは顔を伏せた。
ほら、惨めでしょう?
だからもっと、同情してよ。

同情して………。


哀れんで。同情して。
そう思わなければ、重圧に押し潰されて死んでしまいそうだった。

私を「可哀想」だと思ってくれたら、私はその通りに生きるから。
だから、誰か私に道をください。

<< zzz >>