きさらぎより | ナノ

あまりの事実に涙が流れない。ただ呆然と目の前にいる彼を見つめた。高校受験時の面接の時みたいに視界がぐらぐらと揺れる。でも、あの時みたいに「落ち着かなきゃ」なんて感情は沸いてこなかった。ただただ揺れて、見つめて、それだけ。

でも、今すぐこの小屋を飛び出してトンネルを探す気にはなれなかった。だって、トンネルは無くなっていた。それは、帰れないという暗示。無いものを探して心をえぐるほど私は子供じゃない。
だからと言って、今の状態を受け入れることができるほど大人でもない。

取り乱しもできない。
自分の無力さと、弱さを思い知るだけ。
私はなにもできない。
ただ、この流れに流されるだけ。

「廉奈さん……?」

山田さんの声に、揺れていた焦点が定まった。まっすぐ、彼の瞳。私はそれがとても申し訳ない気がして、そっと視線を下げた。

「どうしたんだ?廉奈さん」
「い、いえ……私は、なにも………」

そう呟いて、胸の奥が苦しくなった。「なにも」なんて嘘だ。本当は言いたいことがある。
聞いてほしいことがある。
でも、自分からは口にしたくなかった。

私を気にかけてほしかった。
手をさしのべてほしかった。
私はとてもわがままで自己中心的で。それでも構わない。今は誰かにすがりたくて、救ってほしくて。
だから、私からは言いたくない。

しかし山田さんはそれっきり口を閉ざしてしまう。それはそうだ。私と彼はさっき出会ったばかり。踏み込まないのが普通だ。なのに私は踏み込んで貰おうとした。最低だ。

私はこんなに最低だから、きっと神様が私をこの世界に捨てたんだ。
親に感謝なんかしなかったから、親不孝者と罵るんだ。

神様、神様。
助けてください。
今さらあなたを信じる私を許してください。
私、一人じゃ生きていけない。
仲間がいないと生きていけない。
なんでもしますから。
親孝行だってしますから。

だから、助けてください。
私を、助けてください。


ああ、きっと、神様は私の言葉に耳を貸してくださらない。


「廉奈さん、今日はもう遅い。布団を出すから寝てくれ」

天に祈りを捧げる私に、優しい声がかかった。山田さんだ。
彼は小屋の隅に積んであった布団を床に敷くと、私に「どうぞ」と勧めてくる。私は断ることもできず静かに布団に潜った。冷たくて固い布団。自分の部屋にあるベッドの方が何倍もいい。
きっと寝れないんだろうな、と思っている心とは裏腹に、身体は疲れを訴え、私はゆっくりと微睡みの中に沈んでいった。

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