はじめての体験


「ねえねえ、祥音はどういうとこから来たのー?」

全員に挨拶を終え、もう濡れてしまったからとずぶ濡れになりながら遊んでいると、勘ちゃんがそんなことを聞いてきた。私は水を掻き分ける足を止めて勘ちゃんの方を見る。もともと人見知りをするほうではないからもう馴染んでしまった。

「どんなとこって聞かれても答えづらいよ。強いて言うなら山も川も無いかな」
「え、それどこで遊ぶんだよ」

と、ハチが真面目に聞いてくる。ゲームセンターとかカラオケかな と答えれば、全員の口から「へー」と分かったのか分かってないのか検討もつかない生返事が返ってきた。聞いてきたのはそっちでしょうが。

「でも、正直川で遊ぶ方が楽しいかもね」

私は勢いよく水を蹴る。腰辺りまで水が跳ねた。
私の言葉にみんなは嬉しそうに笑った。みんなこの村が好きなんだなぁ。田舎の子ってみんな都会に憧れているものだと思ってたけれど違うんだ。偏見だった。考えを改めなくちゃ。

「で、お前らいつになったら帰るわけ?」

五人で水を掛け合いながら遊んでいると、傍観を決め込んでいた兵助が問い掛けてきた。その言葉にハッとして空を見上げると、もう随分日が傾いてる。しまった、帰る時間考慮してなかった。
慌てて川から上がり、鞄の中から携帯を取り出す。携帯を立ち上げると液晶は「17時26分」を示している。これ、家につく時間が19時ごろになってしまう。どうしようと考えながらとりあえず叔母さんにメールを打つ。帰宅するのが遅くなる旨を伝えると、叔母さんから「うーんと遊んできなさい!」と絵文字つきの返信が来た。
あれ、思っていた返信と違う。

「祥音帰る時間大丈夫?」

叔母さんの返信に疑問を抱きながら携帯を鞄にしまうと、背後から三郎に声をかけられた。声が少し違うから双子の聞き分けはつく。見分けはつかないけれど。強いて言うなら筋肉量……かな? 三郎の方が多い。

「うん、なんかいっぱい遊んできなさいって」
「流石七松ママ………」

叔母さんの豪快さは村内では有名らしく、みんなが苦笑を溢した。もっと心配をかけてしまうと思ったけれど、そんなことはないらしい。

「じゃあさ、ハチん家に行こうよ」

そう提案してくる三郎に思わず首を傾げてしまう。

「ハチの家が一番近いんだよ。これからみんなで夕食いただきにいくつもりだったから祥音もどう?」

兵助は三郎の提案の説明をしてくれる。簡潔で分かりやすい。
でも今日越してきたばかりの私がお邪魔していいのか分からなくてハチを見つめると、彼は「俺はいいよ!」とあっけらかんと笑った。

「あ、じゃあ……、い、行ってみたい、かも」

越してくる前は誰かの家でお夕飯をいただいたことなんて無かった。そう思うとどうしても好奇心が出てきてしまう。
はじめての体験、してみたい。

「んじゃ、決まり!」

既に着替えた勘ちゃんが私の腕を引く。「ほら行くよ!」と言ってくるがちょっと待ってほしい。着替えたいんだけど!

「勘ちゃん待って!着替え!!」

私が制止をかけるより先に兵助が勘ちゃんを止めてくれた。


かくして私は兵助の服に着替えることになったわけだけど………。
まさか、ただの岩影で着替えることになるなんて。

こんなはじめての体験はいりませんでした……。

死ぬほど恥ずかしかった。

それに対して五人がなんとも思ってないみたいなのがちょっぴり悔しい。

戻る