遭遇 in川


私は喜子さんとも喜八郎くんとも別れ、一人で田舎道を歩いていた。この道、どこに繋がっているんだろう。どんどん周りに木が増えてきている。まさかこれ、森に入ってる? え、森ってこんなすぐに入れるものなの?
足元は既にアスファルトではなく砂利。それにしても暑い。まだ6月だし、曇りなのに。ここは暑い方なのだろうか。やだなぁ。私、暑いの嫌いなんだよなぁ。
そろそろ帰った方がいいかなと考えていると、どこからか水音が聞こえてきた。この涼やかな音、川だろうか。川なら万々歳だ。少し涼んでいこう。私は音を頼りに道を逸れる。
木々を避けながら歩いていると、徐々に音が大きくなってくる。よかった、こっちであってるみたい。
軽く鼻歌まじりに歩くと木々が晴れた。川についたようだ。
そこには太陽光に反射してキラキラ輝く水面と、無邪気に遊んでいる男の子たちが……。


男の子たち………?


「え」

先客だろう。五人の男の子が川で遊んでいる。一人だけ中に入ってないけれど、それ以外は上半身裸で。

恥ずかしくはない。男の子の上半身なんてプールの授業で散々見たし。

そうじゃなくて。

喜八郎くんといい、なんでこんなに顔面偏差値高いの?

川で遊ぶ五人は、ことごとくイケメンの部類に入っている。
何この村。イケメンしかいないの? あ、同じ顔した人がいる。あれは双子かな。イケメン双子か……。だんだん怖くなってきたんだけど。 あれ、今思えばこへ兄もかっこよかったような……。

「あれ、女の子だ」

川に入っていなかった男の子がこちらに気付いたようだ。彼は腰かけていた大きな石から立ち上がり、こちらに来た。綺麗な黒髪の真面目そうな男の子。年は同じぐらいだろう。

「君、もしかして越してきた子?」
「え、あ、そうです」
「なら同い年だね。えーと、樋野 祥音さん、でしょ?」

年も名前も村中に広がっているらしい。すごいな田舎の連絡網。プライバシーもなにもないのね。

「あ、はい。はじめまして。越してきた樋野 祥音です」
「俺は久々知 兵助。兵助でいいよ。あと敬語も要らない」
「じゃあ、兵助。私も祥音でいいよ」
「了解、祥音」

兵助はどうしてこんな森の奥まで来たの? と首を傾げる。私が「川の音がして」と言うと、「涼みに来たわけだ」と彼は笑った。すごく理解力のある子。驚いた。

「ここ、俺たちの遊び場なのだ」
「へぇ」

兵助以外の四人はまだ私に気付いていないようで、川で楽しそうに遊んでいる。いいなぁ。私もあんな風に遊んでみたい。実家の方ではこんな風に遊べなかったし、こんな綺麗な川が無かった。

「………入ってみる?」
「え?」

私の思っていることに気付いたのか、兵助はそう問い掛けてきた。私は「大丈夫だよ」と首を振るが、少しばかりの好奇心がうずく。
でも、川だし。服濡れたらやだしなぁ。

「服濡れたら俺の予備貸してあげるよ」
「ほんと?」
「サイズは違うと思うけれど、女の子でも着れると思うよ」

そう言って兵助は先ほど腰かけていた大きな石を指差す。その横には服が入っているだろう鞄がある。
兵助は良いって言ってくれてるし……私も入ってみたいし……。

「ありがとう、兵助。出来るだけ濡れないようにしてみるけど、濡れたら貸してくれるかな?」
「ん、分かったよ」
「兵助は入らないの?」
「んー、今日はそんな気分じゃなくて」

ああ、そうか。
兵助はいつでも川に入れるんだ。だから気分で決めてるんだ。
すごいなぁ、田舎。これが普通なのか。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

私は手にしていた鞄を置き、靴を脱いでそーっと水面に足をいれる。すごく冷たくて背筋がピンと伸びた。
ああ、これはいいかも。
足首を撫でる水の流れが心地いい。履いてきたのがショートパンツでよかった。これぐらいなら簡単に濡れないだろう。

軽く水を蹴ったりして遊んでいると、誰かの視線を感じた。パッと顔を上げると目が合う。あ、双子の………。茶髪の天パの双子の子だ。もう一人の方はまだ私に気付いていない。
私と目があった彼はふっと綺麗に笑みを浮かべてこちらに歩いてきた。

「あ、うわっ!!」

挨拶しようと一歩踏み出すと、足元の石がずるっと滑った。裏に苔でも付いていたのだろうか。私の身体は後ろに倒れていく。

「祥音!!」
「あぶなっ…!!」

兵助が私を呼ぶ声がする、それを認識した瞬間腕を引かれた。
私の身体は誰かの身体に包まれる。

「うわっ……!!」

さっきの茶髪が目の前に映ったと思ったら、足元で変な音がして、途端に前に体重が傾いた。どうやら私を助けてくれた人も足を滑らせたらしい。
ああ、これ、彼共々川に倒れるやつだ。

そんなのんきな思考は軽快な水音に弾け飛んだ。



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