今日からはじまり


「祥音ちゃーん、片付いたー?」

階下から聞こえてくる叔母の声に、私は適当に返す。
ベッドに身体を投げ出し、ボーッと真っ白な天井を見上げる。
私、なんでこんなところにいるんだろ。

首を少し動かすと、まだ山積みになったダンボールが目に入る。めんどくさいからまだ片付けなくていいや。必要なものはみんな出したし。

必要なもの………。
ベッドの上には手紙や色紙、写真が広がっている。
クラスメイトや親友がくれた大切なものだ。

私は今日、この大川村に引っ越してきた。
理由は父が海外に転勤したからだ。もともと父子家庭である我が家には大打撃である。
中学生が独り暮らしなんて危ないからと、私を引き取りたいと申し出てくれたのが父の姉。つまりは叔母さん。
かくして今日から新生活が始まるわけだが、私がもともと暮らしていた街とこの村はものすごく離れているため、転校することになってしまったのだ。

「みんな………っ」

大切な親友だっていたのに。
お父さんのバカ。なんで海外なんかに行っちゃったの。
社会人なのだから仕方ないとは思うけれど……。

「うぅーっ」

確かに悲しい。
悲しいけれど、いつまでもうだうだは言っていられない。
叔母さんも叔父さんも優しいし。すごく田舎だけど、こういうの少しは憧れていたし。別に一生会えなくなるわけじゃない。

父はいつ帰ってくるか分からない。だけど、ここで暮らすことは決まっているんだ。
頑張らなくちゃ!


天国のお母さん。私、今日から新生活をはじめます!
そこから見守っていてね!


「おーい、祥音ー」

私が涙を拭い身体を持ち上げた時、無造作に扉が叩かれた。
この声は叔母さんでも叔父さんでもない。

「入るぞー!」

従兄の小平太お兄ちゃん。こへ兄だ。

こへ兄は大股でずんずんずんとこちらに歩み寄ってくると、きょろきょろと部屋中を見渡す。自分の家だからとはいえ、今はもう私の部屋なんだからあまり見ないでほしい。
まあ……こへ兄にそういうのを期待するのが間違ってるんだけどね………。入る前にノックしただけましか。

「なんだ、まだ片付いてないではないか!」
「いーの。そこら辺まだ使わないし。クローゼットにでも突っ込んでおくよ」

周囲が畑と平屋に囲まれている中、この七松家だけは洋風建築の二階建て。異様に浮いているのをここに来たとき感じだ。
でも畳じゃなくてよかった。私、跡がつくから畳は苦手なのだ。

そう言えばこへ兄の部屋は隣だっけ。うるさくないといいけど。
といってももう高校生だし、大丈夫だよね。………だよね?

「なんだつまり、片付けは終わっているんだな!」
「うん、そう」
「なら外にいくといい!」
「外?」

ここでは人間関係がお金より価値があるのだぞ!と、こへ兄は自慢げに笑う。
お金より価値がある人間関係ってどういうことだろう。

「ん、分かった」

私は携帯と財布だけ鞄に突っ込んで外に出ることにした。
天気は少しだけ曇り。
今は6月の頭。変な時期に転校することになっちゃったなぁ。

梅雨はもうすぐそこ。


天国のお母さん。
私、頑張ります。


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