いざ竹谷家


少しブカブカな兵助の服に着替えて森を出てから歩いて一分。平屋の大きな家に着いた。
もしかして、とハチの方を見てみると「俺ん家」と返されてしまった。そんな当たり前のような顔をされると驚きもできないんだけど。

ドラマの世界でしか見たことの無いような木像瓦張りの立派な門が、私たちを見下ろしている。その横からは白塗りの塀が果てまで続いていた。
もしかしたらこれが普通なのだろうかと思い兵助に聞いてみると、「大川村で二番目にでかい家だよ」と教えてくれた。これで二番目なの? 恐ろしい。 まあ、これが普通だったならもっと恐ろしいのだけど。

「ハチの家、元々堅気の一家じゃないからさぁ。どっちかっつーと任侠もんで……」

門を見上げながら勘ちゃんが何やら説明をしてくれているのだが、まったく理解ができない。そのままぼけーと聞いていると、理解してないことに気付いたのか勘ちゃんが「わりぃわりぃ」と笑った。とりあえず、特別な理由があることは分かった。

「まあ、んな堅苦しい話は止めて上がってけよ。母ちゃんも喜ぶ」

そう言って、ハチは門の横に小さく併設された扉から中に入っていく。え、門から入らないんだ、と思ったことが口をついて出てしまう。するとハチはにっかりと笑い、「門重くて開けんのめんどくせーもん」そうあっけらかんと言い放つ。たしかに、毎回毎回こんな重厚そうな門を開け閉めしていたら疲れてしまう。この門を開けるのは偉い客人が来るときぐらいだそうだ。こんな大きな家に来る偉い客人って、どんな人なんだろう。想像以上に偉いに決まっている。すごいな、竹谷家。圧倒されてしまった。

門を潜ると、まず目にはいったのは庭。まさしく日本庭園だ。小さな川や池もある。老舗の旅館と相違無いだろう荘厳さ。ちらほらと庭師らしき人も見える。

そして、その庭の向こうにぽつりと見えるのが本邸だろう。

……………いや、門から離れすぎていないか?
豪邸って、そういうものなのか?

またぼけーとしていると、ハチが唐突に「じゃあ今日も競争な!」と言い出した。するとなんの合図も無しに、みんなが一斉に走り出す。私だけがポカーンとその背中を見送ることになってしまった。

しかし、しばらく走ったところで勘ちゃんがこちらを振り向いた。他の四人は気付いてないようでぐんぐんと先に行ってしまう。

勘ちゃんはポカーンとする私に歩み寄り、そっと手を繋いできた。いきなりのことに戸惑ってると「二人でゆっくり行こうか」なんて悪戯っ子のように笑うから、きっと勘ちゃんはモテるんだろうなぁとまったく場違いなことを考えてしまう。

私はその考えを捨て去り、手を握り返す。
「うん」と頷けば勘ちゃんは私に背を向けて、ただただ手を引いてくれた。


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