思いを隠していました
ねぇ、先生。

「よし、じゃあ二者懇談を始めようか」

私はあなたが大好きなんです。
生徒と先生なんていけないことだと思う。だから、見つめているだけで幸せ。

「おまえ、進路はどうするんだ?」
「………考えて、ません」

私の目の前に座る土井先生は私の言葉に短いため息を吐いた。
だって考えたくない。土井先生と離れる未来なんていらない。そんな怖いこと土井先生に聞かれたくない。あなたが私をここに縛り付けているくせに。

「どうするんだおまえ、私のクラスで進路が決まってないのおまえだけだぞ」
「はい……」
「やりたいこととかないのか?」
「やりたいこと………」

ありません と私は首を振る。
土井先生は困ったように眉根を下げた。
困らせているのは理解している。
でも、今こうして二人で居られる時間を大切にしたい。
私はわがままだもん。先生はすごく優しいから、時間を割いてくれる。

「なりたいものは?」

土井先生は静かに聞いてきた。
なりたいものなら、あった。なりたくて、なれないもの。
私は言葉を飲み込んで首を振った。
土井先生はガシガシと頭を掻いた。

「どうすんだ本当に……」
「卒業したくないです」

思わず出てしまった言葉に土井先生は目を丸くした。
私は目をそらして口を結んだ。
ああ、やってしまった。
困っている。困らせてしまった。そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。

「留年したいのか?」

今更否定するなんてばかばかしくて、私はうなづいた。
いっそのこと怒鳴って、叱って。
間違いを正してよ。

「それは私が困るんだ…………」

先生がぼそりと呟いた。
私は顔を伏せ手を握る。爪が食い込んで痛いけれど、やめられない。
泣きそうだった。でも、泣いてたまるか。泣いたらもっと困らせてしまう。

「名前………」
「わた、しは、離れたく、ないんです……」
「どういうことだ?……まさか、おまえ、後輩に思い人でも……」

先生の声は少し震えていた。私は顔を上げないまま首を振る。
違う。後輩なんかじゃない。
私が好きなのは……。

「私……」

愛の告白は形にならなくて、口はまた閉じてしまって。
どうにもならない。言いたいのに、言ってはいけないから。
伝えてはいけないから。

「名前、私はね、おまえに伝えたいことがあるんだ」
「伝えたいこと?」

土井先生の優しい声音に顔が持ち上がる。
彼は優しい目で私を見つめていた。
どきりと鼓動が跳ねる。

「私は今まで3年間、おまえの担任を務めて、学級委員として私を支えてくれたおまえに、大人として、先生として抱いてはいけない感情を抱いてしまったんだ」
「それって…」

声が、震えた。
嘘ですよね?と聞いても彼は微笑むだけ。事実だということはすぐに理解できた。

「おかしいだろ?だからな、卒業してくれないと困るんだ。私の思いを伝えられないから」

涙が出てきた。
そんなの、知らなかった。

「私、も」

好きですと言いかけて、やめた。
言うためには、卒業しなければ。

「先生、私にオススメの進路を教えてくれますか?」

私の言葉に照れたように笑った先生は、私の進路調査書にきれいな字でこう書いた。


[ お嫁さん ]



「……っ…ふ、ふつ、つか、ものですがぁ………っ」


涙が、溢れた。

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