ずっと恐れてました
【暴君】

【怪物】

【人外】


学校中(むしろ市内全域)でそう呼ばれている七松小平太先輩が、なぜか今、私の目の前にいる。

私の目の前で、眠っていらっしゃる。

放課後の図書館には私と眠る彼と、本を読む図書委員だけ。さらにこの席は図書館の奥の方にあるため、図書委員が座る受け付けカウンターからは死角だ。絶対に見えていないはず。

この恐ろしい状況を。

先ほどから本は開いてみるのだが読めない。頭に入らない。
ただただ手が震える。顔は冷や汗でぐちゃぐちゃになっているだろう。瞬きをしたらいけない気がして目はできる限り見開いて、声を出すのも恐ろしいので下唇は噛み締めた。

私の大荒れの心境などお構いなしに七松先輩は穏やかに眠りについていらっしゃる。

なぜ、目の前の席にいるんでしょうか。
私がここに来たときはいなかったはずなのだ。
だから、本の世界にのめり込んでいるときに彼からこちらに来たということ……。

いや、まて、うん、分かんない。
そもそも私と七松先輩の面識はない。一切ない、はず。
強いて言うなら、幼馴染みの滝が七松先輩と同じ体育委員会であるということだけ。一番強い繋がりはそれぐらいだろう。

と、言いますか、なぜ彼は寝ているのですか?
少しでも動いたら起きてしまいそうだ。彼が起きたら確実に「睡眠を妨害したこと」を理由に殺られる。
流石にまだ死にたくはない。

でも、それじゃあ解決しない。

彼が自動的に起きるのを待つ?
いや、そんなこと言ったらいつまで待てばいいのか分からない。

やばい、これ、詰んでる。



「なあ、本は読まないのか?」
「な、え、〜〜っ!?」



思わず出そうになった悲鳴を両手で押し込める。

七松先輩が、目を開けた。
そう、目を開けられたのだ。

自然と目尻に涙がたまる。生理的な涙だ。
もしかして起こしてしまったのだろうか という最悪の考えがよぎる。そんなことしてしまっていたのなら、私、死んでしまうがな。

私は何も言えなくてただ必死に頭を振る。
七松先輩はそんな私になにを思ったのか、ニカッと笑った。ううう、かっこいい。かっこいいのは確かにかっこいいのだけれど、人の背中をこんなに嫌な汗でべしょべしょにするイケメンなんて他にいないよ。

「名前」
「は、はい! ………………は、はい?」

あれ? なんで私の名前を知っているのだろう。

「その本、面白いのか?」
「え、あ、その………っ、わ、わたし、は、け、けけ結構、好き、です。はい」

視線が泳ぐ。舌が回らない。奥歯がカチカチと鳴る。
それでも勇気を振り絞って私は答えた。
私の答えに七松先輩は「ふーん」と呟く。少し真顔なのが恐ろしい。助けて滝。私もう息が止まりそう。

「じゃあ、私も読んでみよう!」
「え、あ、は、はい……」

七松先輩がこちらに手を差し出してくるから、私は反射的に本を渡してしまった。彼はそれを受けとると「ありがとな!」と口角を上げて席を立つ。

ああ、これは解放される。
そう安心してため息を吐いた瞬間、頭をポンポンと撫でられた。


「じゃ、また明日な名前!!」
「あ………はい、また、あし、た………」


ねえ、七松先輩何がしたかったの!?
今まで恐ろしいとは思っていたけれど、それにプラス「意味がわからない」だよ! 彼が余りにも自分中心に行動していて、完全に置いてきぼりを食らった気持ちだよ!誰か説明してください!



「もーっ……!! わっけわかんない………っ!」


私は机の上に伏す。
その時ポケットに入っている携帯が震えた。何事だ、とそれを取り出すと滝からのメール。


『七松先輩が気になっていた子から本を借りれたらしく上機嫌なのだが、そのせいで体育委員会は裏山まで走りにいくことになった。今日は一人で帰ってくれないか?』


相当疲れているのだろう。いつもの自慢話は出てこない。

しかしまあ………。
あはは。

気になっていた子から本を借りれた、ねぇ………。


「わ、笑えない………っ」


私が低く唸ると、図書委員の「閉館です」という声が聞こえた。それでも私はすぐ立ち上がることが出来なかった。

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