たった一つのお願い

手を繋いで

幼馴染みの翔ちゃんとまさかこんな関係になるとは思っていなかった。
「こんな関係」というのはつまり、恋人関係ってこと。

私は昔から翔ちゃんのことが好きで、でも翔ちゃんまで私のことを好きでいてくれたなんて思わなくて。
だから、翔ちゃんに告白されたときは驚いた。
彼はアイドルになる夢を叶えて、私の手の届かない場所に行ってしまったと思ったから。

「アイドルになったら、ちゃんと言うつもりだった」なんて前置き付きの告白。
もちろんアイドルは恋愛が御法度なのは分かっている。
でも私は翔ちゃんの思いが嬉しくて仕方なかった。

無理は承知で彼の事務所の社長に頼み込み、バレたら即刻別れることを条件に許してもらえた。
翔ちゃんは別れるぐらいならアイドルを辞めると言ってくれたけれど、それだけはダメだ。何よりも私が、ステージで輝く彼が見たいのだから。

今日は久しぶりのオフの日。二人でショッピングに出掛けている。人混みに紛れてしまえば意外とアイドルということには気付かれない。それでも手を繋ぐことは出来なかった。

いけないのは分かっている。
でも、手を繋ぎたい。

「ねえ、翔ちゃん」
「あ、名前、また!ったく、いい加減ガキじゃねぇんだし、翔ちゃんって呼び方やめろよな!」

休憩のために訪れた公園。ベンチに隣り合って腰かける。買い物袋は翔ちゃんの足元にまとめておかれている。
おもむろに彼の名前を呼ぶと、もう日常茶飯事になった切り返しをされる。

彼は「翔ちゃん」って呼ぶなって言うけれど、でも私にとっての翔ちゃんは、ずっと昔から翔ちゃんだから、変えることができない。意識したらそりゃあ変えられるけれど、無意識のうちに翔ちゃんって呼んでしまうから結局なにも変わらないのだ。

「えと、翔くん」
「お、おう。なんだよ」

それでも「翔ちゃん」って呼んでたら話が進まないので、とりあえず今は呼び方を変える。翔ちゃんは呼ばれなれていないからか視線を泳がせた。器用に立ち回れないところが可愛くて仕方ない。

「私、手が繋ぎたいな…」

それだけのお願いなのに翔ちゃんは肩を振るわせた。
分かってるの。これがどれだけ危ないことなのかも。
手を繋ぐってことは、付き合っていることを公言しているようなものだから。
翔ちゃんが恐れるのもわかる。私だって怖い。

でも私にはね、魔法の言葉があるんだよ。

「男気、見せてよ」
「っ…!!」

これを言えば翔ちゃんが手を繋いでくれるのは分かっている。案の定翔ちゃんは、優しく私の手を握った。
でも、足りない。

私は彼の指に、自分の指を絡める。
小さい頃から手を繋いでいた。でも、こうやって指を絡める繋ぎ方、つまり「恋人繋ぎ」ははじめてだ。
すごいよね。この繋ぎ方。だって「恋人繋ぎ」だよ?
それって一種の合図だよ。声に出さなくても、関係が分かるってすごい。
すごくて怖い。
見られたら、一発で終わる。

「名前……」
「繋い、じゃった…」

翔ちゃんが心配そうな顔をするから、私は精一杯笑顔を作る。
辛くないよ。笑えるよ。翔ちゃんの隣にいられて幸せだよ。

「泣くなよ」
「泣いてないよ……?」
「泣いてんだろ」
「泣くわけないよ。だって幸せだから」
「嘘つき」

翔ちゃんはそうやって呟いて、ぎゅっと指に力を入れた。力強いはずなのに、簡単にほどけてしまいそうで恐ろしい。

翔ちゃん、私は幸せだよ。
ちゃんと幸せだよ。
だからたまにはこうして手を繋いで?
私たちはキスなんて許されないから。

手を繋ぐことを、キスの代わりにしよーよ。



by アキ