私だけを見て
まあ仕方ないけどさ。彼はカッコいいし優しいし魅力たっぷりだし。でも今は私の彼氏さんで、言い方悪いけど他の女の子を周りにたくさん侍らせてるのは不愉快になってしまう。
だけど素直じゃない私はそんなこと直接言えなかった。だからこうして、声をかけられている彼をチラチラ見ながら待ってるしかない。
「で、なんで俺はここにいるんだよ」
「偶然近くにいたのが翔ちゃんだったから」
「はあ?つか、俺暇じゃねーんだからお前の嫉妬に付き合わせんなよな」
「嫉妬じゃないし!」
ただ、素直にレンのことを好きって言えるあの子たちが羨ましくて、ああやって笑いかけてもらえるのが羨ましくて。
「それを嫉妬っつーんだろ」
「違うもん…」
「強情」
「何とでも言え…」
素直になれたらどれだけいいだろう。彼はスキンシップの激しい人だから、素直にそれを受け入れられたらどれだけ楽しいのだろう。
「…すき、かあ」
「何がだい?」
「そりゃ…って!」
「やあ、おチビちゃんと仲良く何話してたのかな?」
突然後ろにレンがいて驚いた。にこにこと笑みを浮かべて私の頭を撫でた彼は翔ちゃんに目を向ける。
「別に世間話だっつーの」
「そうかい?ならいいけど」
「ほら、さっさと帰れよな。明日も早いんだろ」
「そうさせてもらうよ。いくよ、名前」
「はーい。じゃあね、翔ちゃん」
手を振ってやったのに、翔ちゃんはまるで追い払うような手の動きをしていた。どうしたんだろうと思っていると、レンにぐっと軽く手を引っ張られる。
「レン?」
「なんでもないよ。」
なんだかいつもと違う気がする。それが何かはわからないけど、雰囲気とか態度が少しレンらしくない。不思議に思いながらも抵抗はせず、ひかれるまま寮まで歩いた。
寮についても手は離されず、連れてこられた場所はレンたちの部屋。真斗くんも黒崎先輩もいないらしい。
「ごめんね、乱暴にして」
「別に。痛くなかったし」
「ならよかった。手、見せて」
ソファーに座らされ、レンは掴んでいた私の手首を取りまじまじと見た。なんだか無駄に緊張してしまう。
「うん、大丈夫みたいだね」
「そんなに強くなかったよ?」
「そりゃあレディに対して強くなんて出来ないさ。それも特に大切な、ね」
「っ、」
ちゅ、と音を立てて手首から離れたレンは優しく笑う。私は顔を真っ赤にして慌てるしかない。そんな私を見てレンは意地悪な笑みに変わった。
「真っ赤だね。可愛い」
「ば、ばか」
「馬鹿は酷いなあ。…ねえ、さっきおチビちゃんと何話してたんだい?」
「翔ちゃんと?」
本当のことは言えない。だってなんか恥ずかしいし。適当に世間話だよと誤魔化すと、本当かい?と返された。
「本当だってば。ど、どうしたの、レン。まさか嫉妬?」
ほんの少しからかうつもりで言った。すると彼は笑顔のまま、私の頬をするりと撫でる。
「そうだね。俺は嫉妬してるんだ」
「レン、」
「名前と親しげに話せるおチビちゃんが羨ましい」
「親しげとか、そんなことないよ」
「いや、正直、名前が他の男と話してるだけで気が狂いそうなんだ」
ぎゅっと抱き締められたせいでレンの表情は見えない。でも声は苦しげに震えていた。そっか、私が翔ちゃんと話してたから嫉妬してくれてたんだ。なんだか嬉しくて、彼の背中に腕を回す。
「レン」
「なんだい?」
「あのね、わ、私はレンが一番好きだよ?」
「名前…」
たまには素直になって見ようと発した言葉は、予想以上に甘さを含んでいて自分でも驚いた。たぶん今まで伝えていなかった好きって思いが持つ甘さなんだと思う。
「だから、お願いしてもいい?」
「ああ」
「あの、その…」
ゆっくりでいいよ、と背中を撫でてくれてる。すっと息を吸ってから少し体を離して目を見つめた。
「私だけを、見て?」
「っ…」
「その、別に無理にとは言わないけど…!」
反応がないレンが怖くて、いらないことまで口走ってしまった。恐る恐るレンを見ると、彼はきょとんとした顔でいて、今までに見たことのないその表情に頬が緩む。そんな私を見て、レンは片手で口許を押さえ私から視線を外した。心なしか赤くなってるような頬に胸が高鳴る。
「まいったね…」
「レン?」
「そんな可愛いお願い事、叶えないわけにはいかないな」
そう言って笑った彼と口づけを交わすと、心が軽くなった気がした。
by 蒼