たった一つのお願い

キスをして

お風呂上がり、那月くんは少しの間眼鏡をかけずに砂月くんのままでいる。そんなとき私は、ソファーに腰かけた砂月くんの髪を乾かすのが楽しくて嬉しくて仕方がないのだ。

「おい」

「なに?痛かった?」

「違う。変な鼻唄やめろ」

失礼だなあ。那月くんの歌を歌ってたんだぞと反論すると、那月はそんなに下手じゃねえと返される。

「ほんと、那月くんのこと大好きだよねえ」

「…てめえ」

「あっ、ちょ、タンマ!怒んないでー」

じろりと睨みあげてくる砂月くんの目を手で覆ってガードする。舌打ちをした砂月くんは諦めたのか大人しくなった。

「次ふざけたこと言ったらぶち犯す」

「まだキスすら出来てないのに?砂月くんはずいぶんせっかちだねえ」

「………」

「ご、ごめ、いたたたた」

がしりと頭を掴まれ、力任せに締め付けられる。那月くんもそうだが、砂月くんの力も半端ないので勘弁してもらいたい。

「か弱い女の子の頭掴むとか最低」

「は?か弱い?誰がだよ」

「わたし」

じっと私を見た砂月くんは鼻で笑った。ほんとひどいなあ。そんなとこも好きだけど。
タオルドライを終えたあとドライヤーをつける。サラサラとした髪は綺麗な黄色に輝いていた。

「熱くない?」

「おう」

しかし、こうしてされるがままになっている砂月くんは子供みたいで可愛い。胡座をかいた足の上にピヨちゃんのぬいぐるみを乗せてるから可愛さが倍増する。

「あれ、それ新しいやつ?」

「今日撮影のときにもらった」

「あ、あのたまごボーロのやつ?」

「ああ。那月が歌ってるからな」

こうして那月くんのことを話している砂月くんはいつもより得意気な気がする。大切にしてるんだなあ。

「お前も撮影大変だったんだろ?」

「ちょっとした機材トラブルでね。でもそのあと仕事詰まってたわけじゃないし、大丈夫だったよ」

乾いたのを確認してからドライヤーを切る。砂月くんは髪をもとの位置に戻すため、犬のように頭を振った。

「はい、乾いたよ」

「おう」

「もう、お礼くらい言ってよー」

「……よくやった」

「なんで上から目線なの…」

まあいいや、とドライヤーを片付けてから彼の隣に座る。チラッとこちらを窺った砂月くんは、すぐに目線を外してぬいぐるみを弄りはじめた。

「明日、那月は朝早くから仕事らしい」

「そっか」

「だから、俺はそろそろ戻る」

もっと一緒にいたいと思ったけどそんなことは言えない。だってわたしにとって、那月くんも砂月くんも大好きで大切だから。ごめんね、ズルいかな。

「…寂しそうな顔すんなよ」

「してないし。あーあ、今日もちゅーはなしですかー」

「…ちゃんと頼んだらしてやるよ」

「…キス、して」

気恥ずかしくて砂月くんから目をそらして言うと、くしゃりと頭を撫でられて砂月くんの方を向かせられる。するといつもより優しく笑った彼は、私の手首を掴みゆっくりとソファーに倒した。

「なに、してんの?」

「別に」

「え、なにこの体勢」

「っ、うっせえな。少し黙ってられねえのか?」

真っ赤な顔で怒られて思わず黙る。すぐに真剣な表情になった砂月くんは片手で私の右頬を包んだ。

「名前…」

「ん?」

「…お望み通りしてやるよ」

「え?っ、…ん」

もうひとつわがままを聞いてくれるなら、おやすみをしてからもう一度。



by 蒼