take2
むすーっと座っている私を嶺ちゃんは心配そうにみていた。ごめんね困らせて。でもどうしようもない思いをわかってほしい。
「あのー、名前ちゃん…?」
「なに?」
「ちょっとお顔がこわーいよん!笑顔笑顔!ほら、スマイルスマーイルッ!」
マラカスを頬に持っていきニコッと笑った嶺ちゃんが癇に障り思わず舌打ちをしてしまった。
「舌打ち!ドイヒー!!」
「ああもう!ごめんね嶺ちゃん!少し黙れ!!」
「ひっ、命令形だし!黙ります黙りますからあ!」
しくしくと泣き真似をした嶺ちゃんは大人しく椅子に座った。
わかってる。どうしようもないことも、嶺ちゃんに当たるのはお門違いだってことも。でもどうしようもないのがこんなにも嫌で、待つしか出来ないのがこんなにも苦しいなんて思ってなかった。
「…ごめん、嶺ちゃん」
「え?別にいいよーん。ランランとかトッキーに比べたら平気平気!」
てへっと笑う嶺ちゃんを見て少し和んだ。いつもならムカつくけど。
「でも確かに遅いねー。一昨日帰ってくるはずだったんだっけ」
「うん。でも何の連絡もないし、もしかしたら、」
このまま日本に帰らないかも。そんなこと口にするのも怖くて俯いてしまう。
出会った当初は口喧嘩ばかりしていたカミュと私だが、紆余曲折あって今は恋人、という関係になっている。だからといって態度が変わるわけでもないし、特別そんな雰囲気にならなければ本当に付き合ってるのかと聞かれるくらい喧嘩はしてきた。
カミュの母国であるシルクパレスでは、女王の生誕祭が行われると聞いた。もちろんカミュも出席するらしく、その調節のためにしばらく仕事を詰め込んでいたのだ。そして日本に帰ってくるはずだった一昨日を過ぎても、カミュは帰ってこない。その期間も会えなかったし、今でも会えないから、カミュが足りなくて仕方ない。
「でもミューちゃんに限って、名前ちゃんに何も言わないってことはないと思うよ?」
「でも何もないもん」
「きっと忙しいんだって。大丈夫大丈夫!」
「……うん」
笑顔で励ましてくれる嶺ちゃんにお礼を言い、とりあえずは今日の仕事を乗りきることにした。大丈夫、私がカミュを信じなくてどうするんだ。
「おい」
「………」
「おい、名前!」
「わっ…!?…あ、蘭丸、藍ちゃん」
蘭丸に肩を揺すられて、私は我に帰った。舌打ちをしてソファーに寝転がった蘭丸は、チラッといつもはカミュが座っている席に目を向けた。
「あいつ、まだ帰んねえのか」
「うん…」
「カミュのこともだけど、名前も大丈夫なの?眠れてないみたいだね」
「ううん、大丈夫。ありがと」
そういうと、藍ちゃんは何か言いたげだったが口を閉ざし、蘭丸は自分の腕を枕にして目を閉じた。もし帰ってこなかったらどうすればいいんだろう。きっと寂しくて今より眠れない毎日が続くに違いない。
あれから一週間。カミュはまだ帰ってこない。ここまでくると、本当に帰ってこないのかと不安になる。同時に焦りも出てきた。社長も龍也さんも林檎先輩も知らないみたいだ。
「連絡の一つくらい寄越せ。ばか」
小さく呟いてもその声を拾ってくれるのは誰もいない。カミュの部屋には私一人だけなのだから。彼のベッドに寝転がり、目を閉じる。次第に薄れてきた彼の香りに包まれながら眠ることにした。明日はオフ。カミュのいないオフなんて、どうすればいいのかわからない。
翌朝、暖かいと思って目を覚ました。私布団かけて寝たっけ。そっと目を開けると、自分の体に腕が回っているのがわかる。ふーん、と目を閉じたところで、一気に疑問が生まれた。
誰の、腕?
「っ!」
暖かい背後に目をやると、そこにはすやすやと眠っているカミュがいた。いつのまに帰ってきたのか、どうして抱き締めて寝ているのか、どうして帰ってくるのが遅くなったのか。聞きたいことは山ほどある。
「か、みゅ、ちょっと!カミュ!」
「喧しい。起きている」
「あ、そうなの…じゃなくて!一回離して!」
どうにか離れようともがくが、腕の力はより強くなるばかりで。久々のカミュの温もりと香りに涙まで出てきた。
「なんで、遅くなったの…」
「少々国のことで手間取ってな」
「寂しかった…」
「…すまない」
謝ってほしいわけじゃない。ぐるりと反転して、カミュと向き合うようにして抱きついた。
「ばか」
「ああ」
「ばかばかばか!カミュの馬鹿!」
ぎゅっと抱きつくとカミュも抱き締めてくれる。普段馬鹿なんて言ったら凍るくらい怒るのに、今日は特別みたいだ。
「ねえ、もういなくならない?」
「ああ。俺はお前の傍から離れん」
「ほんと?誓ってくれる…?」
「ああ」
額にキスを落とされて見つめあった。近くでみた彼は少し疲れたような表情をしていた。こんどは私から頬にキスをすると、少しだけ表情が柔らかくなる。
「好き、カミュ」
「ああ。俺も好きだ」
「なんか、いつものカミュらしくない」
「久しぶりに会ったのだ。そうガミガミと怒りたくはない。それに、俺とて、名前が足りなくて仕方ないからな」
耳元で囁かれて、ぞくりと背中が粟立つ。ああ、この声を求めていたのだ。大好きな、大好きなカミュのことを。
by 蒼