たった一つのお願い

料理は任せて

最近、仕事で忙しそうな蘭丸があまり食べていないことを嶺ちゃんから伝えられた。役作りのためや、雑誌に載る写真のために体を絞っているそうだ。蘭丸は充分引き締まってると思うから、そんなことしなくてもいいのに。

「でさ、そのせいかちょーっと元気ないようにみえるんだよねー、ランラン」

「え、元気ないの?」

「あくまでも僕が見る限りね。でもアイアイも同じようなこと言ってたから、嘘ではないのかも」

藍ちゃんが言うなら本当なのかもしれない。最近全然会えてないから、こうして人伝えでしか彼の様子を知れないのがもどかしい。会いたい。会って様子を見たい。でも本当に時間が合わないし、疲れて帰ってくる彼に会いたいなんて面倒なメールを送れなかった。

「…ランランに会いたい?」

「そりゃ、会いたいよ。でもお互い忙しいから」

「会いたいなんて言ったらランランに嫌われると思ってるでしょ」

「…嶺ちゃんって時々怖いよね」

「えー?そんなことないよー」

にこにこと笑っている彼を尻目に、雑誌をパラパラ捲る。一つのページで止まった手に、若干の気まずさを感じながら嶺ちゃんを見ると、彼はにやにやと笑っていた。

「ほーんと名前ちゃんは可愛いなあ!」

「うっさい、バカ嶺ちゃん」

「だってさ、ランランのページ、一回で開けちゃうほど見てるんでしょ?」

「……」

図星をつかれ照れ隠しのようにページを捲る。すると嶺ちゃんは大声をあげた。

「嶺ちゃんうるさい」

「あっ、めんごめんごー、じゃなくて!これ、これだよ!」

「これ?…お弁当がどうしたの?」

彼が指差したページは『愛情たっぷり!お弁当特集!』と書かれてあるページだった。

「どうしたもこうしたもないよー!僕いいこと思いついちゃったもんねー!」

「何一人でテンションあがってんの?きもちわる…」

「ちょいちょい、聴こえてるぞーん」

向かい側に座った嶺ちゃんがメモを取り出して何かを書き始めた。楽しそうに鼻唄を歌って。




翌日私が向かった先は蘭丸の後輩の部屋。今日はオフだと言う彼に連絡し、快く引き受けていただいたので申し訳なさ半分で訪ねた。

「いらっしゃいませ、名字先輩」

「折角のオフ、ごめんね聖川くん」

「いえ、お気になさらないでください」

あらかじめ蘭丸がいない時間を聖川くんと確認してきた。これはちょっとしたサプライズだ。

今日は蘭丸と嶺ちゃんの仕事が一緒らしい。そのときにでるお弁当は決まって寿弁当。でも今日はそのお弁当を私が作る。これは嶺ちゃんの発案で、寿弁当の息子である嶺ちゃんがなんとかしてくれるらしい。

ここで問題が一つ。私はまったく料理が出来ない。だから蘭丸の後輩であり、料理が得意な聖川くんにご教授賜ろうというわけだ。

「というわけで、よろしくお願いします」

「はい!先輩方のため、全力を尽くさせていただきます!」

「ありがと。あ、あと、蘭丸には秘密だよ?」

なんか恥ずかしいし。そう言うと聖川くんは頷いてくれた。本当優しい子だなあ。

「ではまずは何を入れるか教えてください」

「うん、メニューは昨日嶺ちゃんと考えて決めたから、バランスは大丈夫だと思う!」

メモに書いてきたお弁当に入れるものを聖川くんに見せて、それをもとに教えてもらいながら作ることになった。




「で、できたー!」

いろいろと事件はあったものの、お弁当は無事に完成した。ピアノを弾くしか能がない手はもうボロボロ。完成したものは決して綺麗な出来とは言えないけど私にしては頑張った方じゃないかな。

「よく出来てますよ」

「でももっと綺麗にしたかったなー」

「初めてですから仕方ありません。ですが味は確かに美味しいので大丈夫ですよ」

「ほんと?」

「ええ。黒崎先輩もお喜びになります」

聖川くんが言うなら大丈夫かな。ちょっと安心していると嶺ちゃんからメールが来た。自分で持っていくのはちょっと、と言ったら嶺ちゃんが持っていくと言ってくれたから。ベランダから下を覗くと嶺ちゃんの車が見えた。

聖川くんに一声かけたあと、嶺ちゃんの車にお弁当を頼む。走り去っていった嶺ちゃんの車を見ながら、少しの不安に胸押さえた。




部屋のピアノに座り一番締め切りの近い仕事を片付けていたとこだった。音を立てたスマホを手に取ると、蘭丸からの着信を知らせていた。

「も、もしもし…?」

「開けろ」

「は?」

「鍵」

鍵…?部屋の鍵を開けろってことかな。ということは来るってこと?電話越しの蘭丸に不機嫌そうに催促されたので、急いで部屋の鍵を開けた。

「…よう」

「蘭丸?あれ、仕事は…?」

「今日の分は終わらせてきた」

自分の家のようにズカズカと入ってきた蘭丸は自分の定位置であるソファーに座り、机に包みを出した。よく見るとそれは、私が作ったお弁当。

「これ」

「な、なに…」

「お前が作ったのか?」

「…そ、そうだけど」

それっきり蘭丸は何も言わない。なにさ、美味しかったとか不味かったとかないのか。

「一人で作ったわけじゃねえだろ。嶺二とか?」

「ううん。聖川くん」

「真斗と?」

「うん。だから味は多分大丈夫だったと思うけど」

お弁当箱を回収し、キッチンに持っていってから蓋を開ける。中身は空っぽで、少しくらい残してるのかなと不安になっていた私は驚いた。

「ら、らんまるっ」

「…美味かった」

「え?」

「っ…、美味かったって言ったんだよ!」

ふい、とそっぽをむいた蘭丸の耳が赤くなっている。例え聖川くんの味付けだとしても、実際それをしたのは私だから褒められたら嬉しくなる。

お弁当箱を流しに置き、蘭丸の隣に座る。チラッとこっちを見たあとすぐにそらされてしまったけど。

「ねえ蘭丸」

「ああ?んだよ」

「今度、また作ってもいい?」

「…別に。いいんじゃねーの」

「ふふっ、ありがと。任せて!」

ようやくこちらを見た蘭丸に笑いかければ、両手がとられる。その指先には料理したときにやってしまった傷を隠すように絆創膏が貼られていた。

「大事な手だろ。傷つけんなよ」

「ごめん。包丁使うのって難しくて」

「仕方ねえな。今度から俺が教えてやる」

「蘭丸が?」

「おう」

絆創膏一つ一つを優しく撫で上げた蘭丸は、その手で私の頬を包んだ。



by 蒼