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「今日は任務に行きなさい」
暗殺術の訓練も大分形になってきた頃、お父さんが私達に先の訓練内容を言った。
「任務って…」
「もちろん暗殺だ。強い相手ではないからお前達の練習には丁度良いだろ」
確かに、前世で忍だった私は四歳で暗殺任務を始めたからそれくらいは平気な事を知っている。
だけど、私はいいけど、片割れであるキルアにそんな事させたいなんてどうしても思えなかった。
「イロハ、オレはやるよ」
私が逡巡しているとキルアは直ぐに即答していた。
「キルア…」
私は不安そうにキルアを呼ぶ。これは人殺しになる行為だ。生きる為に動物を殺すものとは違う。
罪悪感、見えないプレッシャーは半端ではない。
「平気だって!イロハが一緒だしな!」
あっ…
にぱっといつものように笑ったキルアは、恐くないわけないんだ。だけど、私が一緒だから平気だと言う。
本当、男の子って凄いと思う。
恐さを押し込めて、立ち向かう勇気。
それに私は、あの人のそんな背中を支えてあげたいと思ったのを思い出す。
「うん。それなら私も一緒」
キルアが私を必要としてくれるなら、応えたい。だって私の半身だもの。
何時か来るのだから、今キルアが行くなら、私は何時だってキルアに着いて行く。覚悟はとっくに出来ていた。
「さすが、俺の息子と娘だ。それなら死んで来る事はないだろう」
さらっと、とんでもない発言をするお父さん。信用してなかったのかとショックを受ける。
「簡単に死ぬような訓練は受けてないよ」
悔しくてそう返せば、お父さんは私達の頭に手をやって、くしゃりと髪を混ぜるように撫でてきた。
「当たり前だ。お前達を守る為の訓練だからな。今のは親としての心配の現れだよ」
つまり、それなりに初仕事に向かう子供を心配しての言葉だったと言う事か、あれは。
さすがお父さんだ。なんてわかりずらい…
「ん、がんばるよオレ」
「私も」
珍しく優しさを見せてくれたお父さんに、何だか照れてしまったのは仕方ないのかと思う。
「おう、行って来い」
* * *
深夜零時、ターゲットが居ると言われたお宅へ到着。
簡素な住宅地のアパートの一室に今日は女と過ごしている。
だから、そこで二人もろとも殺害して欲しい。
とは依頼主の言葉。
察するに浮気をされた奥さんからの依頼、可哀相とは思うし苛立たしいけれど、正直気乗りしない。
だけど、ゾルディック家では報酬さえ貰えるなら一般人の暗殺依頼でも良いらしい。
本当、嫌な所に転生してしまった。
「イロハ、どこから入る?」
「窓からにする。丁度通りには木があって死角になってるし、ドアの鍵を開ける手間が少ない」
キルアの質問に私は簡単に説明して侵入場所を決める。
「オッケー」
キルアは返事をすると木を登り始める。私は誰かに見られていないか見張りをする。
今の所、見られている、起きている人の気配は近くにはいない。
「いいぞ」
そうこうしている間にキルアがベランダに到着して声を掛けて来た。
私はそれを確認すると、予め見ておいた建物の壁の突起に足を掛ける。
本当はチャクラを使えば速いのだけど、キルアに説明するのが面倒だし、まだ少ない体力を温存する為にも効率的な方を選んだ。
とん、とん、しゅたっ
僅かな壁の突起を蹴りあげて私はキルアの待つベランダに辿り着く。
「すげぇ!イロハ今のどうやったんだ?」
案の定目を輝かせて聞いてきたキルアに、私は苦笑して後でねと返した。
さて、次はベランダの鍵だけど、ただのガラスなんて私達にはあっても意味はない。
「キルア」
「まかせとけっ」
そう返事をするとキルアは肉体操作して爪を伸ばす。
「あっ、ちょっと待って」
「どうした?」
ガラスを切ろうとするキルアに待ったを掛けた。私はポーチからガムテープを取り出すと適当な長さに切って渡す。
「切った後使って。ガラスが落ちると音させちゃうから」
「!なるほど」
そうキルアは納得するとガラスに手をやり、手が入る穴を鍵がある場所に開けた。
カチャリと施錠を外して、遂にターゲットの居る部屋への侵入を果たした。
それからはあっと言う間だった。
二人で寝ていた所に、口を押さえてその心臓を一突き。
取り出した心臓はまだ脈打っていて、正直気味が悪い。
事切れた亡きがらの横にそれを並べて置く事にする。
「帰ろう、キルア」
「う、ああ…」
始めて行った殺人に、キルアの顔色は少し悪い。
無理もない。
忍だった頃なら、それでも早々に帰還しなければいけなかった。その場に留まるのは自殺行為だからだ。
そんな昔の自分を思い出しつつ、キルアの手を取り握る。血で濡れたその手はもう、汚れを知らなかった頃には戻れない。
だけど、何時かこの行為を辞める為に家を出るのを知っている。
それまで、私はこの片割れを守らなければと思う。
「キルア、私も一緒だから、とにかく今は帰ろう」
久しぶりの、今生では初めての殺しに私も少なからず緊張していた。
だけど、何だろうとこの不安は…
何かを見落としている。
ぴくっ
そう思った瞬間半径五キロ圏内で人の動きを感知した。それだけならなんら気に止めたりしない。だけど、その数二十。
どうして…
警報スイッチは切ったし、まだ復旧にだって時間はある。なら、と考えた末に思い出したのは、遺体。
男女の遺体の所まで行き、男を調べる。
そして見つけたその違和感。
「キルア、急いで逃げるよ」
キルアの腕を掴むと、気配を消して走り出す。
「イロハ?」
漸く復活して来たキルアにほっとしつつも、安心はまだ出来なかった。
窓を出て、迷わず飛び降りる。三階からなら余裕で着地出来るように訓練でやったからだ。
相手は車で向かっているのだろう。既に僅かニキロの距離しかなかった。
とにかくアパートから少し離れた所の路地の物陰に隠れる。
「やられた。ターゲットに発信機が着いてた。外したり、脈が泊まると自動的に通報されるシステムみたい」
着ていたスーツに不似合いなカジュアルな腕時計。
警備の手薄さに、社長クラスの人間が無用心だと思っていたけど、こう言う事か。
キキッ
止まった黒塗りの車達に、発信先が警察ではない事に気付いた。
「…マフィア」
明らかに一般人でない雰囲気を出す人達に、キルアは気付いて呟いた。
まだ、奴らは私達には気付いていない。
子供の私達なら本来そこまで警戒はされないけど、こんな時間に、血を付着させていれば、犯人である事は一目瞭然だ。
私だけなら、飛雷神で逃げ切れる。
だけど、キルアを置いてなんて行けない。そこまでまだチャクラが足りていない。前世でも使えるようになったのは六歳の時だった。
でも、経験は無駄じゃない。
逃げ切れる。
すっと息を吐くと、気配を限りなく押し殺す。私の気配が感じられなくなったのに気付いたのだろうキルアが私の腕を握って来た。
「イロハ…?」
振り返ると不安そうな顔をしたキルア。まだ気配の消し方は十分ではないけど、あの程度の人になら大丈夫だろう。
「大丈夫。訓練を思い出せば、必ず助かるから」
そう微笑んで告げると安心したようにキルアはこくりと頷いた。
念のため持って来たナイフと鍼に、自作の起爆札を何時でも使用出来るように準備はしておく。
「キルア、一回しか使えないけど、これ服の下に入れておいて」
自作の結界札。少ないチャクラで作ったから強力ではないけど、銃弾位なら防げる。
「何だ?」
案の定不思議な顔をするキルアに、お守りだよと伝えておく。
とりあえず素直に服に入れていたから一先ず安心だ。
これなら、自分が囮になればキルアは逃げられる。立ち上がったところで腕を引かれた。
「ダメだイロハ」
振り返るとキルアが強い口調で私を引き止めた。
「オレが行くから、お前は逃げろ」
確かに訓練ではキルアの方が、戦闘時の立ち回りが上だった。それは私がキルアに合わせて力を抑えていた結果。
「大丈夫。ちょっと攪乱させて来るだけだから」
捕まれた手は震えていて、怖いのに私の為に行こうとする気持ちは嬉しい。だけど、今は無理をさせたくない。逃げ切れるのに、わざわざ無駄な戦いはしなくて良い。
「無理だ。ここは気付かれていないけど、あいつらに囲まれてる。出て行けば、逃げ道がなくなる」
さすがキルア。こんな状態でも正しい状況把握が出来ている。
だけど、私には忍術がある。
説明が厄介だとか、念でない力の異質さとか、そんな事今は関係ない。ただ、切り抜ける力があるなら今使わないで何時使うと言うのか…
ふっ、と笑うと私はキルアに言う。
「これから私がやること、お父さん達には秘密にしてて」
私は慣れた手つきで印を組むと、分身を作りだし、変化を付け大人の姿にした。
「…えっ?」
驚きに目を見開くキルアはそのままに、軽く私達から離れた所へ向かわせた。
「おい!今あそこに怪しい影が見えたぞ!」
「追え!」
バタバタと近くにいた気配は足音をたてて通り過ぎて行った。まだ数人気配が残ったけど、これくらいなら大した障害ではない。
「キルア、今の内」
「あっ、ああ」
驚きに固まったキルアだけど、私の声に反応してくれたから平気だろう。
出来るだけ気配の少ない方を選びそこを抜けるように走り出す。
「!」
影から出た所で一人に気付かれた。相手が驚きに一瞬固まっている内がチャンスだ。素早く鍼を取り出すと急所目掛けて投げる。
「うっ…」
どさり、男の呻きと倒れた音に、周りを警戒していた二人が振り返る。けど、私達を視界に捕らえるまでの数秒で私は第二投を放つ。
どさっ、と倒れた男達の周りには他に気配はない。
「イロハ何かしたのか…?」
今の動きを捕らえられなかったキルアだけど、私が動いていたのは見えていたらしい。急に倒れた人に驚きながらも私に問い掛けて来た。
「キルアも教わったでしょ?人体の急所」
私は男達に近付きつつキルアに小声で説明する。
「ああ」
「使い方は殺す為だけじゃないんだよ。私はただ気絶させただけ」
説明しながら放った鍼を回収して、姿を見られただろう男には記憶操作を施す。
これで手がかりは残らないだろう。
脈があるのを確認すると、再びキルアに向き合う。
「何で、イロハはそんな事」
「うん、それは後でね。それより早くここは離れた方が良いね。とにかく、走ろう」
チャクラ温存の為に作ったのはただの分身だ。そろそろおかしいと思われているかもしれない。
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[mokuji]