宮越家の朝はいつもと少し違っていました。 「あ、私今日大学行ってくるね」 「「え?」」 …何故だろう、二人の黒曜石の如く美しい瞳が驚愕に満ちているのは。 オイ、何でだ。 「…紗弥、ちゃんと大学生だったんだな」 「どういう意味だガキんちょ」 「いっつもおうちにいるからニートなのかと思ってた!」 「うわぁぁぁぁ辛辣な言葉よりも無垢な言葉の方が心に刺さる!」 学生です!こんな性格おっさんでも立派な女子大生ですぅ! 「ち、違う!レポートやってただけ!決して自宅警備員ではない! ちくしょうそんな哀れみの目で見るな!お子様にレポートと言う名の地獄が分かるものかバカ!もち肌!可愛い!好き!」 「お前ってよく話がコロコロ変わるよな」 「三日に一度は言われるぜ!ギューさせろ!」 「ぼくも紗弥ちゃんとギューしたい!」 「よっしゃウェルカム桃源郷!」 両手を目一杯広げて天使をハグ。 うーん至福の一時。 傑も来いと誘ったのに、苦い顔をする本人。 そこで私は不審に思った。 『止めろこっち来んな変態』 等と小学生らしかぬ侮蔑の表情で拒否するのが普段の傑だ。 …別に悔しくなんてない、本当に大丈夫。うん。 「どしたのすぐるん。はっ…もしや遂に私の愛を受け入れる気に!?」 「なってねーよ」 「ですよねー」 「そのテンション止めろ話づらい」 ごめんね、でもいちいちボケを拾ってくれる君が好きです。 「…疲れてるんだろ。洗い物代わる」 「…………」 「おい、何とか言えよ」 「……エ、エロイムエッサイムーーーー!!」※魔除けの呪文 「はぁ!?」 「いま、いまいまいま何つったお前!?傑がそんな健気なこと言うもんか!さては傑の愛らしい皮を被った悪魔だなこのやろう悪霊退散!」 「心配しただけなのに何だこの仕打ち」 「紗弥ちゃんテンション高いね…」 傑は悪魔じゃない、小悪魔なんだ! 腕の中の駆をがっちりホールドして捲し立てると、呆れて物も言えないといった感じの傑がそっぽを向いた。 また視線がぶつかった時には、頭部からもガツンと音が鳴り、痛覚が全身に働く。 「いっだぁ!?」 「いいからちょっと黙れ」 「う、うぃッス」 この容赦ない鉄拳によって私の頭は少しずつ覚醒していった。 落ち着いたことを確認したのか傑は子どもとは思えない口振りで私をたしなめる。 「忙しいのに無理してオレらの世話焼かなくていいから。学校行くまで休んでろ」 「そうだよ紗弥ちゃん、ぼくたちに任せて!」 「え、あの、ちょ、」 私の発言が意味を為す前にひょいひょい片付けられていく食器達。 水の流れる音と陶器の重なる音が入り交じり、楽しそうな兄弟の会話が所々聞こえる。 「じゃあ駆は洗い終わったのを拭いてくれるか?」 「りょーかい!」 一人ついていけない私が呆然としていたからか、彼らが戻ってくるのは早く感じられた。 抱きついてきた駆の頭を撫でながら傑に謝る。 「ご、ごめんね、私がしなくちゃいけないのに…」 「別に家でもこれくらいしてたから。預かってもらってるのに手伝わないのも失礼だろ」 「他の意味で失礼ぶっこいてるけどな」 「揚げ足とるとムダに長くなるって知っててやってるのか?紗弥」 「実にすみません」 もうこれは習性みたいなものなんだよ、許せ。 「ねぇ紗弥ちゃん、何でも一人でやろうとしちゃダメだよ。ぼくたちだって紗弥ちゃんを手伝えることがあるんだから」 駆の砂糖みたいに甘い笑顔が私のちんけなプライドを溶かしていく。 「大変な時は声かけろ。…一緒に暮らすってそういうことだろ」 傑の心配してくれてる真っ直ぐな心は耀く太陽のように温かい。 うだうだ言っててもレポートが終わる訳なく、今日も資料を求めて大学に行かねばならない。 正直相当切羽詰まった状況。 でもそれを隠すように過ごしてきた筈だったのに。 知らない内に不安を持たせてしまったようだ。 (確かに世話されっぱなしは肩身狭いよなぁ…。信頼されてない感ありありじゃん) 長い間一人暮らしだったから、そんな簡単なことさえ忘れてた。 じっとこちらを見つめてくる優しい彼らを悲しませてしまったことに反省し、思い切り自分の頬を叩いた。 「紗弥ちゃん!?」 「なにしてんだバカ!」 「うー、情けなさ過ぎたんで自分を罰しました」 ヒリヒリと痛む頬で笑うのは至難だったけれど、構わないくらい嬉しかったのも事実。 「ね、今日の夕飯何食べたい?好きなもん作るよ。 …その代わりに買い物に付き合って?練習終わったら迎えに行くから。 荷物を一緒に持ってくれると助かるな」 そう言った時の彼らの笑顔ったら堪らなかった。 もう、なんて良い子なんだよお前ら! ちくしょうバカ、大っ好きだ! かわいさ、それは罪です (確かに縮んでいる距離) |