忘れないよ アンタ達と過ごした、宝物のような一週間を 私は後生忘れない 今日という日を心から祝福するように、暑い太陽がギラギラと照りつける。 でも私の闘志も負けない位ギラギラ…いやメラメラ燃えたぎっていた。 「デジカメよーし、一眼レフよーし、ハンディカムよーし、携帯よぉーし!…おっしゃ準備万端、どっからでもかかってこい!」 「だから止めろって言ってるだろ気持ち悪い!しかも撮影道具増やすなよ!」 「紗弥ちゃんスゴいねー!」 応援席で様々な撮影機器をセットして額の汗を拭う。と、アップを終えた兄弟がこちらに寄ってきた。 相変わらず対称的な反応だ。 「おうおう何とでも言えばいいさ!大人の汚い力をなめるなよ!?」 「えばるな!変な方向にテンション上げるの止めろ頼むから!」 私と傑がいつものように口喧嘩をすれば、まぁまぁと駆が宥めに入る。 「兄ちゃんもそんなこと言いたかったんじゃないでしょ?」 「う…」 「?何さ、ちゃんとお弁当はタコさんウィンナーにしておいたけど」 「そうじゃねーよ」 ていうか運動会でもないからね紗弥ちゃん?と心なしかオーラの黒い駆に諭されたのでボケは封印。 大人しい子ほど怒ると怖いって本当だからね。 よく考えなくても駆は私よりえらい年下なんだけどね! しかし傑は、そんな立場の低い私と地面とを交互に見たりして中々言葉を発しない。 なんだまごまごしやがって可愛いな。 頬赤らめんな可愛いから。 ハグの刑に処してやろうと腕を広げたら、傑はやけに落ち着き払って言った。 「…必ず勝つから、信じて応援してくれ」 「ぼくたち紗弥ちゃんがいるなら絶対がんばれるよ!」 「「今日は紗弥(ちゃん)のために優勝する!」」 その顔が、あまりにいつもの彼らと掛け離れていたからか。 子供じゃなくてプレイヤーとしての熱意を秘めた表情に、一瞬どう接したらいいのか分からなくなってしまった。 ほんとコイツら、たまに大人顔負けのかっこよさ見せるよね…! いくつだ!お前ら一体いくつだ! 実は年齢詐称してんじゃないだろうな!? 気恥ずかしさを誤魔化すために、全力で二人を抱き締めた。 ―――ぎゅうううううっ 「っこら紗弥!離せ!」 「うっせーよマセガキ!黙って紗弥お姉さんパワー注入されてろ!」 「意味わかんねー!」 「…あれ?紗弥ちゃん、耳赤い?」 「ききき今日は真夏日だからじゃないかな駆っち!」 腕の中ではいつもの彼らになった事に安堵し、そっと拘束から解放する。 うんそう、だって夏真っ盛りだもんね。 暑いから血の巡りがいいだけだもんね! 十歳程度の子供にときめいたとかあり得ない! 「大口叩くようになったじゃん。…信じるなんて当たり前。せいぜい私を惚れさせるプレーしてみせてよ」 自分にも気合いを入れるように力強く告げれば、頼もしい返事が返ってくる。 光一くんや奈々ちゃんに呼ばれて戻っていく、小さいけれど大きく思える後ろ姿をレンズ越しに捉えてシャッターを切った。 (―――頑張れ) あえて口にしなかった言葉を、そっと唱えながら。 「…行け傑っ!よっしゃかわした!ナイスパス!打てぇぇぇ!決めろ駆ーーーーーっっ!」 久々に声が枯れるほど応援した。 脇目も振らず声を張り上げた。 機械を通して見るのは勿体ない位の試合。 しっかり自分の目に焼き付けておきたくて、せっかく持ってきた撮影機器は機能を果たせず終い。 あの兄弟が織り成すスーパープレイに、完全に魅せられた。 初めてかもしれない、こんなに心からサッカーを楽しんだのは。 興奮し過ぎて審判のホイッスルが鳴った事にも気付かなかった。 それは正に駆が傑からのパスを受けてシュートを決めた後だったから。 …ホントに優勝、だよね? 覚醒しきらないまま彼らを見ると、親指を突き立てられ満面の笑みが向けられた。 どうしよう、物凄くアイツら抱き締めたい。 ちくしょう、見事に惚れたよバーカ。 「だーかーらー!賞状はもっと右斜め45度に!トロフィーは2・5センチ上に掲げて!」 「注文が細かいんだよ小学生に何やらせてんだバカ紗弥!」 「うっさいな傑は!撮るからには完璧を目指すのが私のポリシーじゃい!あ、傑お前しゃがめ。奈々ちゃんの天使のように愛らしい顔が写んない」 「紗弥このやろう…!!」 わなわなと震える王様は無視の方向でカメラを構える。 他の保護者さんにも焼き増し頼まれたんだから綺麗に撮らないと。 「ほらほら傑。ただでさえ仏頂面なんだからこんな時位笑ってよ」 「誰のせいだ誰の」 「駆を見習え。素晴らしいエンジェルスマイル」 「兄ちゃん、ニーっだよ!」 「お前ものるな駆」 いつものやり取りをしていたら皆から笑いがこぼれた。アットホームな空気に癒される。 不意に学生時代の仲間と重なり、結構私は良い奴らに恵まれていたんだと今更ながら気付いた。 今度連絡してみるか、なんて密かに計画しつつ準備を整える。 「はいはい時間もないからとっとと撮るぞー。用意はいいかお子様たち」 「原因は紗弥だろ」 「うん。皆カッコ良かったから離れがたくて」 「はっ…?」 「照れる傑も見れた事だし。んじゃ撮りまーす、皆おめでとう!楽しい試合をありがとう!お前らまとめて私の嫁だ!」 全員に笑顔が咲いた、その光景は。 私にとってかけがえのない一枚となった。 *** 大会が終わってから、彼らの口数が異様に少ない。 普段なら話題の尽きない私も何故か言葉が見つからなかった。 胸に広がる空虚感。 手を繋いで三人一列に並んだ影が伸びる。 沈む夕日を眺めていると、今日で本当に最後なんだという現実が痛いほど突き刺さってきた。 やたらとセンチメンタルな気分になる夕日効果って恐ろしい。 「…私さぁ、今まで散々アンタたち可愛いって言ってきたじゃん。あれ訂正するわ。傑と駆はカッコ可愛い」 「…オレ、最初は紗弥のこと変態でアホでうるさくて変態で変なヤツって思ってた」 「おい何で今二回言った」 「でも今はいないと物足りないというか…。紗弥の隣が当たり前になってた」 「あのね紗弥ちゃん。ボクたち紗弥ちゃんが大っ好きだよ」 「…紗弥、ありがとう」 ありがとう、は私のセリフだボケ。先に言うなよ。 私のために優勝してくれてありがとう、 ちょっかいかけても反応してくれてありがとう、 懐いてくれてありがとう、 買い物に付き合ってくれてありがとう、 大好きって言ってくれてありがとう、 「一緒に暮らせて良かった。それが傑と駆で、…本当に嬉しい」 未だ熱を持って熱いコンクリートに局地的の雨が降った。 私の後ろに続く雨の跡は直ぐに蒸発するだろう。 私の目も同じくらい熱ければ、こんなに涙は流れなかったのに。 くそぅ早く蒸発してしまえ、カッコ悪い涙め。 「…駆、傑。今日はちょっと遠回りして帰ろうか」 鼻声で提案したら、二人は何も言わずに私の手を握る力を強めた。 この温もりも明日にはなくなってしまうんだ、そう思ったらまた泣けてきた。 惜しむらくはこの時間 (らしくもなく永遠を望んだ) |