ジュウゥ…と油のはぜる音と共に胡椒のきいた香りが漂う。
朝食のベーコンを焼きながら、ふと時計を見ればまだ8時前。

「いつの間に健康的な生活を送ってるんだ私…」


以前の自分ならば、休み中は昼起きが当たり前、食事なんて一日一食以上摂るのが珍しいことだったのに。


それが今では早寝早起き、一日三食加えておやつまで摂取しているという素晴らしく規則正しい生活リズムが整っている。

それもこれも全部、あの兄弟と暮らし始めてからだ。

冷蔵庫を開けると、必ず二本は牛乳のストックがある。
我が家の牛乳消費量が増えたのも、彼らが身長を伸ばすためと言って毎日がばがば飲むようになったためである。


今まで全くご縁のなかったものが、ごく昔からあったように違和感なく馴染んでいる事実に小さく驚いた。


時間にしてみればほんの六日。
私が生きてきた年月に比べれば、本当に僅かな日数でしかないけれど。


それほどまでに、私にとって彼らとの生活は色濃く大切なものなんだなぁ…と一人納得した。


「傑や駆と居られるのも後一日、か」

ポツリと呟いた一人言は、発した後に壮絶な悲しみをもたらした。
うわ、うわコレ予想以上に辛い…。



「…紗弥ちゃ、おはよ〜」

「!あ、お、おはよう駆!今日もプリティーフェイスごちそうさまですはいチーズ!」


パシャリ、装備品の愛用デジカメに可愛らしい寝ぼけ顔を納め、沈んだ空気を追い払う。
おかずが焦げてしまわないようにコンロの火を止め、三人分のお皿に盛り付けて。


「駆、ご飯の前に顔洗ってきな―――って、傑は?」


比較的寝起きの良い傑。
いつもなら寝起きの悪い駆を兄らしく連れてきてくれるのだが、今日はその姿が見えない。
疑問点を駆に投げ掛けたら、目蓋がくっつきそうな目を擦りながら答えた。


「にいちゃんはさきにいったよ…?」

「え?」

駆を置いて起きるなんてあのブラコンらしくない。
体調でも悪いのかな、疑問を浮かべながらトースターから食パンを取り出すと、静かに開いたドアから傑が現れた。


「あ、にいちゃんおはよー」

「はよ。傑どうかした?具合悪い?」

「おはよう……紗弥」

「何スか」


準備を整え終わった傑は、何か歯切れの悪そうな表情で私を見る。
話してくれるまで待っていると、


「……何でもない」


プイ、と私を一瞥もせずに料理を運んでいった。

なんなんだ一体。
聞きたかったけれど、傑が詮索するなと雰囲気で語ってきたので追及は諦める。

そのまま傑は何事もなかったように駆と練習に出掛けていった。


****


「〜〜〜〜っやっっったレポート完成ーーー!!」


感激のあまり椅子から立ち上がってガッツポーズ。

外はすっかりオレンジ色に暮れていて、時刻が盛大に移り変わっていたことを知らせている。


「ヤバ…!兄弟が帰ってきちゃう」

時計を確認すると、練習が終わる間近だったので大慌てて家を出た。

特に迎えに行くことはなかったけど、後一日という限られた時間を少しでも長く一緒にいたいと思ったのだ。


彼らが練習している場所に着くと、子供たちの姿は四人しかいない。
しかし四人とも見知った顔だったので一息ついた。


「すぐるーーー!かけるーーー!」

大きく手を振って名前を呼べば、面白いほどに跳ねる二人の肩。
こちらを素早く振り返り、その口が紗弥、と私を呼ぶように開かれた。


「紗弥ちゃんだ!」

「お前…何でここに?」

「はーい紗弥お姉さんですよー!めでたくレポートが終わったから、早く二人に会いたくて」



迎えにきちゃった、と苦笑混じりに話すと駆が嬉しそうに笑い、傑は照れくさそうに横を向く。

可愛らしい反応に顔がほころぶのを隠せない。
感極まって抱きしめようとした瞬間、


「「紗弥さん!」」

「奈々ちゃん、光一くんヤッホー!」


駆け寄ってきた二人の子供。
以前兄弟を迎えに行ったときお知り合いになった彼らの幼なじみ。
うん、二人に負けず劣らずの可愛さだ。

傑たちを腕に抱きつつ空いた手で二人の頭を撫でると、満面の笑みが咲く。


か、かっわいいなコンニャロウ!
お前らはスマイルテラピストか!


「みんな遅くまで練習?偉いねー」

「はい!明日は決勝戦ですから!」

「あっバカ日比野―――!」



光一くんが答えると、私の腕から逃れようとしていた傑が焦燥を露にした。


…ん?



「決勝、戦?」

「あれ、紗弥さん傑さんから聞いてないんですか?明日は大会の決勝があるんですよ」

「セブン…」

「ごめん奈々ちゃん、めちゃくちゃ初耳だったぜ。さぁ傑、どういうことか全部全てまるっとごりっと説明しな」


黒い笑顔で傑を見れば、不貞腐れたような顔。
何でか盛大に溜め息を吐いてから、ぼそぼそと語りだした。


「…今日言うつもりだったんだ。自分に自信が持てるまでは、誘えなかったから」


朝の妙な態度はそのせいだったのか。
最初聞いた時は衝撃を受けたけど、理由を知ればじわじわと愛しさが溢れてきた。


「…で?毎日必死に練習を積んだ成果はどうなの?」

わざとらしく尋ねると、いつもみたいに噛みついてはこなかった。
代わりにどこか決意を固めた、頼もしい表情。

ちょっと驚いて傑を見つめる。


「紗弥。明日、俺たちの試合を見に来てほしい。…絶対、優勝してみせるから」



ああ、子供の成長を見守るってこんな感じなんだなぁ。
嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちが広がる。


君が誠意を示してくれるなら、私も全力でそれに応えるよ。



「…あんたたちの晴れ舞台に行かない訳ないでしょ?デジカメと一眼レフとハンディカム用意して誰よりも声高に応援するからね!」

「「「「それはちょっと…」」」」

「オイ何その四重奏ツッコミ。泣くよ?お姉さん泣いちゃうよ?」


その日は景気付けに皆でカツ丼を食べに行った。
ベタすぎだろ…とかほざいた傑と光一くんには七味唐辛子の乱舞をお見舞い。
久しぶりの大人数の食事は、また私の大切な思い出に重ねられていった。


夕日に向かって宣誓
(がんばれ、がんばれ、)





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