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私が傑への恋心を自覚したあの日。
自分の中で何かが変わり始めていた。
「なんだって…江ノ島スーパーの白菜が1個99円、だと…!?」
先に断っておくけど節約に一層うるさくなったとかそういうんじゃなくて。
ともかく、折り込みチラシに書かれた重大な情報を逃す私ではない。
もしこの場に友人達がいたら揃って呆れそうな光景だったろう。
しかし当然友人はいない訳で。
私は財布を掴み意気込んでスーパーへと向かった。
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「ふー…今日もいい仕事をしたぜ」
無事にゲット出来た目的物に満足げな笑顔を浮かべ、鼻歌混じりに自転車を走らせる。
やっぱ安いって正義だよね。
潮風を受けながら浜辺沿いを通って青々しい雄大な海を眺めると、よどんでいた心が洗われていくような気がした。
『千鶴は傑さんが好きなのよ』
奈々の言葉を思い出す度どうしようもなくやる瀬ない気分になる。
ああそうだよ、私は傑が好きだって今の今まで気付かなかった大馬鹿野郎だこんちくしょう。
一度自覚してしまえば浮かんでくるのは彼の事ばかりで目眩がする。
何のイジメだこれは。
「(別に、どうこうなりたかった訳じゃない…)」
ただ側にいたかった、それだけだったのに。
スカイブルーの海に癒された気持ちが再び濁ってきた所、何かが浜辺の方から飛び出して自転車の前輪にぶつかってきた。
びっくりしてブレーキを踏むと、「やっべ!」「バカ何やってんだよマコ!」と焦った声が右耳を通り抜ける。
よくよく見ればぶつかってきた球体は馴染みのあるサッカーボール。
こんな浜辺で?
真冬に?
いや水着じゃないだけまだマシか…。
「すみませーんっ今取りに行きます!」
「あー、いいですよー!そこにいて下さい」
わざわざ取りに来てもらうのは面倒だ。
不審な点は尽きないけど取り敢えず自転車を止めて足元にボールを留める。
浜辺にいる困惑した表情のマコ、と呼ばれた彼に狙いを定めてボールを蹴った。
ふわりと弧を描いて指定の位置に収まったそれに満足げに頷き、ポカンとしている彼へ微笑んだ。
「サッカーボールも安くはないんですから、車に轢かれないよう気を付けて下さいね。それでは」
スタンドを上げてその場を去ろうとしたのに、体は動かない。
おやどうしたことだろう、そんなに私の足の裏と地面は相思相愛なのだろうか。
「スッゲぇな今の!ピッタリな所に来たぜ!?」
「ぎゃぁっ!?」
答えは先程マコさんとやらと一緒にサッカーをしていた人が私の愛チャリを掴んでいたからでした。
突然の登場に身動き出来ないでいると、黒髪を後ろで尻尾のように束ねている彼が笑いかける。
え、ちょ、止めろよお仲間呼ぶなよ何のために私がボール蹴ったと思ってるんだ!
「さっきはボールありがとうな!自転車にぶつけちまって悪ぃ!」
「いいえ、全く気にしてませんから。じゃあ失礼しま…」
「なぁお前サッカー経験者だろ?」
「オレも思った!すごかったよなー、あのコントロール!」
空 気 を 読 め !
明らかに帰りたいオーラ満載だったでしょう今!
尻尾髪を恨めしげに睨み付けると、何を勘違いしたのか急に真剣な表情で私に向き直った。
「すまねぇ…お前の気持ちには応えられないんだ。お前は悪くねぇよ、全ては俺がイケメン過ぎるから悪いんだ…」
「ははは、自意識過剰はモテませんよこのすっとこどっこい」
「「!」」
…あ。と口を押さえても後の祭り。
ツッコミやすかったと言え、やばい初対面の人に何て事を…!
揃って目を見開いた二人は、怒るでもなく…私の両手を掴んできた。
「は?あの…」
「「ナイスツッコミ!」」
「はぁ?」
目を輝かせて仲良くハモった言葉に不信感丸出しの声が出る。
「そのキレ…容赦ない物言い、完璧だ!」
「俺達と漫才トリオを組まないか!?“イエロー&レッドカード”とか!」
「出る前から退場扱いですか!不名誉な名前だなオイ!」
耐え兼ねない状況に怒りを表しても向こうは聞く耳持たず。
どうしよう帰っていいのかな。いいよね。
そっと自転車に跨がろうと動けば、またしても第三者の介入がそれを許可しなかった。
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