31
「『答えはゴールで出せ』、そう兄に言われてきましたから」
もう以前のような弱気な駆の表情ではなかった。
兄のユニフォームを着た彼の姿は、間違いなく『騎士』そのもので――――。
交代に向かう彼を呼んで、拳を突き出しす。
「おっそい。…点、決めてくれなきゃぶん殴るからね」
「もちろん、任せて」
同じように突き出された拳と駆の目に強い意思を感じて、私はニッと笑って見送る。
もう何も不安はなかった。
ピッチを走る駆の動きによって敵のポジションは右に偏りつつある。
その事態に相手が気付いた時、ゴール前には既に彼の姿が。
「バカなっ!左サイドでバックパスを出したばかりでもう逆サイドに…」
「佐伯くんにパスを出した瞬間、走り出してたんですよ。駆は」
「なに?」
「駆には左に偏りすぎた敵のポジションが見えていた。だから決定的チャンスになる逆サイドの空白のゾーンに一直線に向かったんです」
奈々の言葉通り、祐介からの鋭いパスが綺麗に届いて、駆はトラップしてからシュートの体勢に入る。
思い出されるのは、テニス部の壁につけられたたくさんの丸い跡。
それは駆の努力の証。
決して諦めなかった思い。
(大丈夫…並々ならぬ努力は、絶対に駆を裏切らない)
揺るぎない確信をもって、彼を見守った。
力強い振り抜かれた左足は、鋭くゴールネットを揺らして――――
ザシュ、と清々しい音の後、駆が人差し指を天に高々と突き上げた。
『ゴーーーーーールーー!!
3対1――っ!!鎌倉学館中学1点返したーーっ!!』
放送部の、音割れがせんばかりの叫びを受ける鼓膜。
ベンチから立ち上がり、迷わず親友とハイタッチを交わした。
「やった!やったよ奈々!」
「うん…!うん!」
傑、やっぱり駆は騎士だったよ―――
****
駆が決めた一点によって、一気に流れが変わった。
メンバーのモチベーションが上がり、皆が活気づいたと共に監督の心も動かす。
監督が指示したポジション変更に、作戦が読めた私と奈々は顔を見合わせて笑った。
さぁ駆、これは監督がくれたチャンスであり試練だよ。
しっかり決めて石頭を見返してやんな。
適役のボランチになった祐介がボールをカットして攻撃の起点に。
オーバーラップした公太へパスされ、次いで西島が受ける。
彼が敵の強い当たりにキープをしている内に、駆はDFの目を盗んで裏に走り出した。
「出たぁ駆の武器!!DFを振り切ってパスを引き出すあの動き!」
自分の活躍よりチームの勝利を優先した西島が駆にボールを渡して―――キーパーとの1対1。
「決定的だが外せば逆に負けが決まる。こういう時に必要なのは技術じゃない、心臓(ハート)の強さだ」
監督が見定めるように駆を見る。
的を得ている指摘に、傑の言葉が思い出された。
『ハートだよ。“左”を苦手にしてることも根っこは同じさ』
「…大丈夫ですよ」
自信たっぷりな私の呟きに、皆がこっちを見る。
それに歯を見せて笑った。
駆がキーパーに向かっている。
「決めるっオレは…」
「駆は、元々すっごく強い男ですから」
「ストライカーだ――――っ!!」
10の背番号が一際大きく輝いた。
『ゴ〜〜〜〜〜ル!!2対3!その差1点っ!そしてここでロスタイムに入ったっ!ロスタイムは3分!同点そして逆転なるか鎌学〜〜〜っ!!』
放送部の実況も掠れる位の歓声が響く。
ピッチでは、笑顔の騎士が皆に囲まれていた。
私も奈々と喜び合っていた。
試合終了間際に、信じられないものを目の当たりにするとは知らず。
切り開かれる道に
(見えたのは、)
- 6 -
[*前] | [次#]