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ある時訊ねた事がある。


『例えば、自分のチームに一点も入らないまま試合が終了しようとしています。大ピンチです!…傑はどうする?』

『どんなピンチだって必ずチャンスに変わるよ。諦めなければな』

『ワォかっこいい』

『だって味方が十人もいるんだぞ?こんなに心強い事はないだろ』

『…まぁそう言われれば』

『一人ひとりの個性を考えれば、そこから生まれる可能性は無限大にあると思ってるよ。サッカーはチームプレーなんだから』

『…個性が主張され過ぎたらバラバラになっちゃうんじゃない?』


私の率直な疑問に、バカだな千鶴とカラカラ笑われた。



『その個性をまとめて生かすのが俺の役目だよ』


生き生きと語った彼の輝きは今でもハッキリと思い出せる。

そんな幼少の頃の記憶。







「祐介!」

「…ッ」


公太からのパスが祐介に渡るけど、トップの二人には繋がらない。

(…誰かマークを誘い込まないと)


パスを諦めた祐介は一人で突破に行くも、相手の勢いづいた守備にボールを奪われてしまう。
もどかしさが苛立ちを募らせた。


そのまま前半終了を知らせる笛が鳴る。
二点リードされ、こちらは無得点のままだ。

イレブン達はみんな苦しそうに息を切らしている。

明らかに良い雰囲気とは言えない中、私は後ろを振り返った。


(…そんな悔しそうにする位なら、今すぐここに降りてこいバカ…!)


イレブン達と同じ様に表情を歪める駆を睨むと、彼の真後ろにいる黒人がこっちを見つめていた。


お前なに女の子と駄弁ってんだよそのグラサン叩き割るぞ、そう考えながら見上げたからだろうか。

負の感情が伝わったらしく、若干強ばった口元で大丈夫、とサインした。


…やっぱり私が馬鹿だったな。




「バカモン!!並べキサマら!!」


監督の怒鳴り声に集められる部員。
みんな納得いかない顔をしている。
(私も非常に不本意だ)


「佐伯っボール持ちすぎだ。ドリブル突破を簡単に許すような相手じゃないのがわからんのか!」

「は…はい…しかし…」

「しかしなんだ?」

「いえ…すみません」


祐介が意見を言おうとしても、高圧的な態度で発言をねじ伏せる。
ふつふつと表せない怒りが胃からせり上がってくるのを感じた。


「ったく傑のヤツがいればこんな体たらくは…」


――――このジジイ…!


「傑さんがいても今のままじゃ点なんか取れっこないです」

「なに?」

「奈々…」


私や祐介の気持ちを代弁するかのように奈々はFW陣の欠点を指摘した。

しかしそれすらも、理不尽な怒号により取り合ってもらえない。


「オープンスペースにパスを出す攻撃パターンは通用しません。もってFWがパスを引き出す動きをして…」

「マネージャー風情が知ったような口をきくな!」



「っじゃあアンタは何を知ってるんだ!!」



奈々の肩が跳ねた瞬間、私の中の細い糸が派手な音をたてて切れた。
人はそれを堪忍袋の緒と言う。


「千鶴…!?」

「なんだと…?」

「いつも高等部しか面倒見てなかったアンタが傑の、駆の…みんなの何を知ってるんだって言ってるんです!
現に今2点も取られたのはイレブンだけじゃない、個人の個性を理解しないで無理な布陣を強いた監督の采配ミスでもあるんですよ!」


悔しい、悔しい、悔しい…!

傑の苦労も駆の努力も知らない監督にバカにされるのは。

祐介が必死にまとめ上げてきたチームが崩されてしまうのが。



「傑はいつも監督の助言を欲しがってました。それに気付かずに、傑という存在に頼りすぎていたのはどこの誰です!?だから今こうして痛い目を見るんですよ!!

サッカーはチームプレーでしょう?11人の個性を見て生かすのが上に立つ人の役割なんじゃないんですか!

自分の非を認めようともしないクセに理不尽に当たり散らすな!
文句言う前に少しはマシな指示したらどうです!?」


腹の内にあったものを全て吐き出したのですっきりはしたが、周囲は呆気にとられてとても静かだった。

ハッとして自分の失態に気づくも、言ってしまったものは撤回出来ない。



「…っ黙れ!ミーティング続けるぞ!榊っ西島っ」

目を点にさせ固まっていた監督も我に返ると、元の態度に戻って指示を出した。
…明日生きていられるかな、私。


「千鶴」


怒られる…!
そう感じて私を呼んだ祐介の方を縮こまりつつ見ると、隣にいた公太と一緒に小さく笑っていた。

疑問に首を捻ると、二人は私の頭に手を置いてピッチへ戻っていく。

「ちょっとスッキリした。サンキュ」


胸がつまって、上手くがんばれと言えなかった。


****


後半戦のキックオフが始まり、再び動き出す試合。
相変わらず流れは湘南の方。

キャプテンの男が倒され、鎌学側のフリーキックになった。

スグルの弟くんはまだ動かない。
そろそろオレも行動しなきゃ愛しの千鶴にまた顔面殴打を喰らわせられるかもしれないな。

しかし不思議な現象が起こった。

倒された11番が、ディフェンダーの裏をついたパスをする。
けどそれは味方のツートップには全く向いていなかったのだ。



「え?」

「……?」

前半からの彼の技術を見るとただのミスではないだろう。
再び彼にボールが渡ると、同じように無人の場所へパスを出す。
辺りに動揺が広がる中、自身の口元は弧を描いた。


なるほどそう来たか。
面白いな、あの11番…。


さてさて、ここまでお膳立てされているんだ。

行かない訳にはいかないよな、騎士クン?


「アハハハダメじゃーん。あんなパス取れっこないよねー」

「そうネ、取れっこないネ。今のFWじゃムリ。…でももしピッチに―――」


丁度良く会話の糸口を作った彼女たちの話しに乗りながら、語りかけるは騎士の資格を持った男。


「『騎士』がイタら。
あれくらいのパスはシュート決められたはずヨ」


こちらを振り返る、スグルとはあまり似ていない彼。

千鶴やスグルが君に期待する理由を見せてくれよ。


「『エリアの騎士』がピッチに立ってれバ、決められたはずネ」


その後また湘南に3点目が追加され、もうダメかと周りが諦めかけた時。


「ほ〜らまた1点。残り15分ちょっと、この時間帯ならキマリだネ」


「……黙れ」

「!」

「まだ負けちゃいない。兄ちゃんの創ったチームはこんなとこじゃ負けない」


立ち上がった彼は、オレを一瞥もせず歩き出す。


ずいぶん遅い出動だったな騎士クン。
苦笑まじりに背中を見送った。

―――千鶴、約束は果たしたぜ。
せいぜい楽しませてくれよ?


胎動する
(試合に出して下さい。必ず流れを変えてみせます)
(…やっと来た)



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