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昨日の一件から時は経ち、いよいよ決戦の日。
いつものように祐介と試合会場に向かっていた私だけど…。
「あー、うーーー」
「…どうしたんだよ」
唸り声を出しながら額を気にする私に祐介は呆れた様子で尋ねてくる。
本当は思いっきり愚痴をこぼしたい。
けどそれには色々細部まで話さなくてはならなくて。
私とシルバの関係を語るのも面倒だし、これから試合を控えている人にそんな下らない話を聞かせるのもマネージャー失格だ。
ていうかアイツは何でいつも訳の分からない事ばかりしてくるんだろう。
ちゃんと駆を後押ししてくれるのか、今更ながら不安になってきた。
「んー…何と言うか」
「もしかして具合でも悪いのか?」
「は?いや別に…」
否定する前にピト、と彼の大きな手が視界を遮る。
「熱は…ないみたいだな。ダメなようなら無理しないで、」
「…あれ、」
「?千鶴」
「何か治ったかも」
祐介の体温が感じられたと思ったら、いつの間にか額の違和感は消えていた。
二人して不思議に首を傾げたけど答えは解明されず。
ひょっとしたら祐介には気功の名人みたいなパワーが備わっているのでは?と口に出したら、すごく生暖かい目で見られた。
「じ、冗談だよ!?」
「え、あ、ああ分かってるから」
「嘘だ…!絶対嘘だ!」
みんなの私に対する扱いが段々ひどくなっているのは気のせいではないと思う。
…思って悲しくなった。
「冗談だって。さ、遅刻する前に行こう千鶴」
「ちょっと待っ―――」
追い掛ける筈の足が立ち止まる。
苦笑いしながら背を向けた祐介は、寂しそうにも不安げにもとれる影が射していた。
(緊張、してるよね…)
傑や国松さんがいなくなった分、誰より一生懸命に部を引っ張って来たのだ。
中学最後になるかもしれない試合に、プレッシャーを感じてない訳がない。
自分が忙しくても、いつも私を気にかけてくれた彼。
そんな幼なじみが苦しんでるのに。
私が彼のために出来る事は?
傑だったらこんな時、どうしてた…?
「…祐介!」
走り寄ってその手を両手で掴み、僅かに揺れた瞳に優しく笑いかけた。
「ちゃんと見てるから。祐介の努力は、私が一番知ってるよ」
言わなくても彼は頑張ってるから。
私が送れるのはこれくらい。
誰よりも応援することを誓うよ。
「…ありがとう」
しばらく間が空いて紡がれた感謝の文字。
軽く赤みがかった頬で作られた笑みが柔らかいものになってくれた。
安心して手を離すと、もうさっきのような影は見られない。
逞しい顔付きに少しだけ傑を思い出す。
「行くか」
「うん」
小走りになった私達の足音は強く響き、後を追うかのように風が背中を押した。
****
「いくぞぉぉぉぉぉぉっ!!」
『おうッ!!』
祐介の掛け声に円陣を組んだスタメンからの応答。
遂にこの瞬間がやって来たんだと実感する。
けれど辺りにピリピリした空気が流れる中、私と奈々は既に疲弊しきっていた。
「な、何なんだあのオッサン、脳みそにお堅いマニュアルが詰まってるとしか思えん…!」
「もームリ…このオヤジに私が何言ってもダメ…」
ダメ元で駆を出してもらえるよう直談判してみたけどことごとく敗訴。
『無理だ』
『使えん』
『しつこい』
の三段活用で取りつく島もありゃしない。
ステレオタイプにも程があるだろ!
奥の手は用意してあるが、こうなっては駆が自らアピールしなきゃ認めてもらえない。
切なる願いを込めてスタンド側を振り返ると、そのまま一時停止する体。
「…奈々さん奈々さん」
「…何かしら」
「あのスタンドにいるバカ、殴ってきてもいいですか」
「…やめてあげて」
古風なほっかむりを被って変な表情をしている従兄がいた。
こそ泥の方がもっと上手く隠れるよ。
しかもシルバ後ろにいるし。
ちょうど目が合ったシルバに手を振られる。
昨日の今日で全く変わらない軽い態度に腹も立つけど、今はアイツが頼みの綱だ。
「(本当頼むよ…)」
思いを込めて再び視線を向けたが、
「シニョーラ達カワイイね!ドコから来たの?」
「え〜?えっとぉ」
「…ふふっ」
「千鶴?」
「ごめんなさい、皆さん本当にごめんなさい…!」
「ええ?何があったの!?」
あんなナンパ野郎に助けを求めた愚かな私を許して下さい…!!
動き出す
(始まりの笛が鳴った)
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