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褐色の肌にガタイの良い体つき。


どう見ても日本人離れしているソイツは、にやにやと私を見下ろしていた。




『久しぶり、一段と可愛くなったな』



流暢なブラジル語がまた苛立つ。
誰だコイツをブラジルの若き至宝とか言ったやつ、前出ろ前!




「…私日本人なんでブラジル語理解できませーん。ここは日本だ日本語で喋れ」


「ハハッつれない所も相変わらずだネ」


「うっせーよわざとらしく片言で話しやがって!だから何で日本(ココ)にいるの!?あなたの出身地はどこですか!?」




私がいくら噛みついても気にせず歪んだ解釈をしやがるコイツも全く変わっちゃいない。

この男、レオナルド・シルバはそういう人間だ。



「今回はちょっとな、日本のとある人に呼ばれたんだ。散策がてらスグルに挨拶しようかと思って」


「…こんな夜に?ロビィさんは」


「……そしたら千鶴に会えた。やっぱりボクたち運命の赤い糸で結ばれてるよネ!」


「ハサミでぶち切ってやるそんな糸。ていうかまた勝手に抜け出して…」



あの人も苦労してるなぁ…、ちょっと同情する。



「それよりどうして千鶴はココにいるんだイ?」


追及から逃れようとしたのか、シルバは私の理由を尋ねる。
しかし思うようには答えられなかった。



「私は――…」



神頼みならぬ傑頼みとでも言えばいいのか。

そこでハタ、とこの男に目を止める。



「千鶴?」


急に黙った私を訝しんだシルバがこっちに進んで来るけど、ちょうどその時は考えあぐねていたので知る由もない。




「…あ、あのさ―――って近!!!?」


「惜しい、あとちょっとだったのに」


「何が!?ねぇ何が!?」


ようやく決心して顔を上げれば、冗談抜きでくっつきそうな距離にいた。

慌てて後退りするとケラケラ笑う漆黒の長髪が揺れる。
何コイツ真剣に殴りたいんだけど!



「で?カワイイ千鶴、ボクに何の頼みごと?」


「黙れ放浪癖。非常に…ひっじょーに癪だけど、明日暇?」


「モチロン。デートのお誘いなら喜ん…」


「違うわ黙れ。ウチの学校のサッカー部が大会なの。…傑の弟がいる」


「!」



彼の良きライバルの名前を出した瞬間、顔つきが変わる。


ほんの少しだけ、悲しそうな目をして。




「すごい才能があるのにそれをバ監督に認めてもらえなくて、最後の試合も出してもらえないかもしれない。
…でもたとえ試合に出られたって、何より本人の強い意志がなきゃ意味がないと思う」



だから、



「…その子の、背中を押してやって欲しい…ん、だけど」


私の代わりに、駆を奮い立たせてもらえたら。


途切れ途切れに伝えると、返事の代わりに鋭い質問。



「…ボクを楽しませてくれる人物なのか?」


おちゃらけは一切ない真面目な彼の確認のような問いには、自信をもって即答できた。



「当たり前。なんせ傑が認めた騎士だもん」


「…オーケー、そこまで言われたら断れないな」


「えと、飛行機とか平気?無理にとは言わないけど…」


拍子抜けする程あっさりした了承に、大見栄きったものの及び腰の体勢になってしまう。
思えばスーパースター的なコイツにそんな時間があるのか、と心配を言ったら、シルバの長い指に口を塞がれる。


「他でもない千鶴のお願いを叶えないワケないだろ?帰国は明日の午後だから大丈夫さ。それにスグルの弟クンにも興味があるしネ」


そのままウインクする彼に、張り続けていた緊張もだんだんほどけていった。

ムカつくけど、本当は結構情の厚い彼も私を幾度となく助けてくれた一人。




「…Obrigado.」


小さな声で呟くと、彼は少し驚いたように私を見て。



「De nada.」


嬉しそうに私の頭を撫でた。
うう、ムカつく。

大人の余裕見せやがって。





すると突然。



『レ〜〜オ〜〜ッ』



時と場所にぴったりな地を這う声に自然と肩は跳ね上がった。

けれど手前の人は冷や汗を流しながら頬を掻いている。

その声の方を追うと、懐かしい風貌が怒りを纏って向かってきていた。



『お前はまた勝手にいなくなって!どれだけ探したと思ってるんだ!?』


『悪い悪い。今連絡しようとしてたのさ』



全く悪びれてないシルバの軽いノリに、涙を滲ませる保護者。

…本当に苦労してるんだな。

最早私では聞き取れないレベルのネイティブな会話に発展してるけど、何となく状況は読めた。



『とにかく、早く帰るぞ!ったく、スグルの墓参りは明日の予定じゃなかったのかよ…』


『明日も来るけどな。それから、千鶴を家まで送っていってくれないか?』




『は?千鶴って―――』


「ど、どうも…」


シルバが指差す方を見て、今気付きましたと言わんばかりに大口を開けた彼。
おっかなびっくりに挨拶すれば、ぎこちなさげに返される。


うん、何とも言い難い空気だ。


***


散々断ったのに、結局は押しきられて送られることに。
つくづく押しに弱いな、私…。


車から滲み出される高級感に圧倒されている内に家の付近まで着いていた。



「さ、着いたヨお姫さま」


「いやぁロビィさん、ご迷惑をお掛けして本当にすみません!どうもありがとうございました!」



訳の解らない発言は華麗にスルーして、運転をしてくれたロビィさんに感謝を告げる。
私の視界には彼しか入っていません。

知らない、馴れ馴れしく人の肩を抱いてくる黒人なんて私知らない。



『あ、ああ…気を付けてな』


『はーい!おやすみなさいっ』


小学生よろしく元気に振る舞い車を降りようとドアノブに手を掛ける。




「――――千鶴、」



なのにどうしてだろう、後ろへ体が倒れるのは。


どうしてなんでしょう、…額にキスされているのは。




「これで貸し借りナシ。万々歳ってヤツだろ?」


その素晴らしく明るい0円スマイルを半目で眺め、



「…日本の文化を一から学び直せこの変態ワカメ頭がぁぁぁあ!!」


かました頭突きは見事クリティカルヒットした。


やっぱり嫌いだこんなヤツ!



真夜中の密約
(吉と出るか凶と出るか)


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