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満開の桜並木、行き交う人々。
期待に胸を膨らませた表情。

今日から、私の新しい生活が始まる。




「…今、何て仰いました?兵藤先輩」

「う、いやあのー…とりあえず落ち着いてくれな!?千鶴ちゃん!」

「あはは、やだなぁ先輩。私は冷静ですよ?冷静に、落ち着いて、クールに、聞き返したんです」

「いやぁ全く目が笑ってないぜーアハハハー」

「…先輩?もう一度聞きます。今、何て?」

「う…


あ、荒木は、FCを辞めました…」




否、開始早々にして多大なる障害にぶつかってしまいました。

どうやら私に誘いを持ちかけた張本人は、無責任にもトンズラこきやがったそうです。















少し早めに着いてしまった江ノ高の校門前で奈々達を待っていると、偶然にもマコ先輩と再会した。
FCへの入部希望を話すと大層喜ばれ、私まで嬉しくなった。

そこで荒木先輩の事を尋ねて、返ってきた答えが冒頭である。
あまりにも衝撃的すぎて我を見失いそうになってしまった。
ハッとして掴み上げていたマコ先輩の襟を離す。


「ほ、ほんと容赦ねーな…。気持ちは分からなくないけど」

「え、じゃあ荒木先輩は今どうしてるんですか」

「…実は―――」


明るい表情しか見たことのなかった彼をここまで曇らせる理由。
それを知った時、一瞬我が耳を疑った。


「へえ…。漫才研究会?人を勧誘しといて自分は辞めるなんて根っからの我が儘キングですね」

「っ頼む!FC存続の危機なんだ!荒木も呼び戻してみせるから…!だから、」

「誤解してるみたいですけど、入部を取り消すつもりはありませんよ?」


驚いてこちらを見る彼を真顔で見つめ返す。
私が荒木先輩目的で江ノ高に来たと思ってるのか、心外だぞ。
たかが人ひとりの為に高校を変えるか!


「私は!マコ先輩たちのサッカーが、江ノ高FCのサッカーが楽しそうだから。本当に心からサッカーを好きになれると思ったからここに来たんです。


荒木先輩だけじゃない、貴方たちとサッカーがしたいんです!だからここに来たんです!」


二人と出会って感じた高揚感、胸いっぱいに広がったワクワクを今でも覚えている。
もし私が男の子だったなら、この人たちと一緒にピッチを駆けてみたい。
きっと魅力的なプレーが造り出せる、そう強く感じたのだ。

だから、そんな言い方しないで欲しい。そう思いながらマコ先輩を見上げた。


「…」

「…先輩?」

「…ああもうっ俺情けねぇ!」

「ちょ、いたたたた禿げる禿げる」

突然プルプル震え始めたと思えば髪をグシャグシャにされて。
訳が分からず疑問を浮かべていると、いつぞやのFC顧問が現れた。物凄くにこやかに。


「マコくん、良い後輩が来てくれて良かったですね」

「岩城ちゃーん!ちょっと俺感動した!今すっげーサッカーしたい!」

「それは放課後のお楽しみですよ。その為にはまず部員を確保しなきゃいけませんし」

「よっしゃ!マコ、いっきまーす!」


やっと笑顔に戻ったかと思えば、既に彼の背は遠い。苦笑いしながら見送ると、岩城と呼ばれた顧問がこちらに向き直った。


「改めまして、入学おめでとうございます。そしてようこそ我がFCへ!顧問の岩城鉄平です」

よろしくお願いします、と丁寧に言われて私も頭を下げた。

「桜井千鶴です。よろしくお願いします。…勝手に偉そうなこと言ってすみませんでした」

「そう固くならないで。顧問としてさっきの言葉はとても嬉しかったですよ」


柔らかく瞳を細める岩城先生は、本当に嬉しそうに笑う。
思いがけず口が動いた。


「先生、本当にサッカーが好きなんですね」

「ええ勿論。熱を入れすぎて、周りからは呆れられますけどね…はは」

「私もサッカー馬鹿ですから、先生みたいな人が顧問で嬉しいです。サポートのしがいがあるってものですよ」

「これは頼もしいマネージャーに恵まれました」


照れたように頬をかく先生は、監督というよりは選手に見える。
彼はわざとらしく咳払いすると、私に向かって手を差し出してきた。


「私たちはまだ新体制を整えなければいけません。楽しむためには厳しい下積みも必要です」

「分かってます」

「荒木くんを説得するのは、骨が折れますよ?」

「望むところです」



進むんだ。
変わるために。
失わないために。
もう、何も手遅れにしたくないから。


私は強く先生を見つめ返し、差し出された手を取った。



「…ありがとう。歓迎します、桜井さん。
頂点を、私達と目指してくれますか?」

「はい!」


初めて見せてくれた岩城先生の満面の笑顔は、まるで少年のようにキラキラ輝いていた。

駆、奈々。
早くおいでよ。
こんなにワクワクしたの久しぶりだよ。
早く二人にも感じてほしいな。


新しい始まりが、大空に浮かび上がる桜と共に幕を開けようとしていた。


春告げタイフーン
(波乱の展開?それとも)


「岩城ちゃーん!入部希望者つれてきたー!」

「来ましたね。あ、桜井さんも被りますか?ジダンカツラ」

「全力で拒否しまーす!」


「「え、千鶴!?」」


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