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家を出ると、すっごいニマニマしている祐介のお母さんに出くわした。
挨拶をすれば、またいつでもご飯を食べに来なさいと言う有難いお誘いをめっちゃニマニマしながら言われる。
彼女と対照的に顔を歪めた祐介に引っ張られていても、更にニマニマされただけだった。
「おばさん何かあったの?」
「…気にしなくていいから。と言うか今更だけど駆達と行かなくて良かったのか?」
「ほんと今更だな。まぁ不本意だけど従兄と親友の恋路を応援しようかとねー…」
「本当に嫌そうな顔して」
「当たり前でしょ。譲るのは今日だけだし。奈々はまだ駆にやんないもん」
「はいはい。ちぃは優しいな」
クスクスと笑われ宥めるように頭を撫でられる。
また心臓が跳ねて、私の中に不可解なものを落とす。
何だか最近、祐介と居ると落ち着かない。
「千鶴?」
「へぁ?ど、どうした敵襲か」
「いやお前がどうした」
「べ、別に何でもない」
正確には、時々顔を見られない事がある。
それはふとした瞬間の仕草だったり笑顔だったり。
見慣れないから妙に緊張しているだけだと思うけど、早く慣れたいものだ。
小さく息を吐いて気を鎮め、また歩き出すとあっという間に別れ道へたどり着いてしまった。
「…じゃあ、私こっちだから」
「…ああ、」
「…あのね、自転車押して歩くのは、非常にめんどくさいよ」
「…今日くらい大目にみてくれ」
今更とか言ってはダメです。お忘れないでおいて欲しい、我が家から江ノ高は中々の距離であることを。
早朝だったから良かったものの、二人して自転車を押しているのはさぞかし通行の邪魔になっただろう。
とか言ってみるがそんなのはただの照れ隠しに過ぎない。
気まずい…非常に気まずいんですけど。
この流れで一人学校行くほど空気読めない奴じゃないぞ私は。
「祐介、何か言いたい事でもあるの?」
「いや…うん…」
え、もじもじしてる祐介がぶっちゃけ可愛い…だと。
改めて確認しようと目を擦っていると、あーもうっ!と覚悟を決めたような声を出した祐介が小さな包装紙に包まれた長方形のものを差し出してきた。
疑問に思ったのは、包みの正体と。
赤い、彼の顔。
「ん」
「主語述語目的語を言え日本人なんだから」
「…ちぃに、やる、入学祝い」
「朝からキャラが迷子だね、ゆーたん」
片言を話す幼なじみにツッコンでから受け取り、了承をとってから中身を開ける。
すると中から出てきたのはストラップ。
なんとも可愛いらし…
「…お世辞にも可愛いとは言えないんだけど。え、何これム○クの叫び?」
「可愛いだろ、クマのクマっ太くん」
「祐介の美的センスがおかしいのは分かった。あと今日の祐介が壊れてるのも分かった」
何で?と言う風に首を傾げてくる男に苦笑い。
無自覚か…クマっ太っていうかこのデザインに困ったよ。
じっと見つめても……うんダメだ怖い。
一体どこに売ってたんだこのストラップ。
複雑ではあるけど、祝ってもらえて悪い気はしないのでお礼を述べる。
付けるとこないから携帯にでも付けとくか。
私の携帯が一気にシュールな代物へと変わった。
「あ、りがと。でもごめん、私なんも用意してない…」
「俺が勝手にやったんだし別に良いけど。…じゃあ、それ欲しい」
そう言って祐介が指したのは、余ったフェルトで作った鎌学ユニフォームのストラップ。
自分用に、と思い刻んだ背番号は0。
そうする事で、マネージャーでも選手と一緒に戦っているような気がしたから。
「え、これ?」
「ダメか?」
「いや別に…こんな粗末な物でも良いなら」
「俺はそれがいい」
どうせ自分は江ノ高生だし、捨てるよりは…と結論付けてヒモを鞄から外した。
受け取った彼は、緩やかな動作で不恰好なそれを見つめる。恥ずかしいから止めてくれ。
というか、笑って、る?
「…これで、いつもちぃと一緒って感じだな」
すごくすごく、嬉しそうに無邪気な笑顔を見せるから
「ば―――――ッッ…っかじゃない、の」
落ち着いていた鼓動は激しさを増すばかりで、血流が勢い良く身体を巡る。
ふつふつと顔が熱くなって咄嗟に隠すけど、手に握っていた携帯にぶら下がっていたクマっ太ストラップが視界にちらついて再び熱を上げた。
「千鶴?」
「〜〜〜っう、うっさい黙れ馬鹿ゆーすけ!!もう行く!」
「?あ、今日家に来いよ。母さん達がお祝いだって夕飯張り切ってたから」
「(今顔合わせられる訳ないだろ!)え、遠慮す…」
「…来ない、のか…?」
「…う、ぅ、行くよ馬鹿ちくしょーめ!そんなしょげた顔すんな可愛いから!」
「あ、千鶴!」
「まだ何か!?」
羞恥やら押され気味な空気にとうとう根を上げた私はダッシュで逃げようとする。
が、呼び止められて律儀に止まってしまった。
この時の自分の浅はかな行動が悔やんでも悔やみきれないと後に思う羽目になるとも知らず。
祐介の手が私の髪を掬い、そのまま左耳にかける。
あまりにも自然な動作にただその行動を見るだけしか出来なかった。
そして見たこともないような表情で微笑んだのだ。
「制服、似合ってる。スゲー可愛い」
チョコレートが温められて溶けてしまったような、甘過ぎて蕩ける感覚に、
酔ったみたいに赤面した。
咄嗟に鞄を祐介の顔面に投げ付けたのは、悪くないハズだ。
チェリーショコラはいかが?
(きっと一口で満足する程の甘さ)
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