38


季節は巡る。
変わることなく循環を繰り返す。
私達はその積み重ねられた膨大な時間の中の一分間にも満たないだろう。

それは、ほんの僅かな思い出として、その場に留まるだけかもしれない。

だからこそ、私は置いていく。

忘れるのではなく、

そう、それは例えるならタイムカプセルのように。


此処で貴方と過ごした時間(思い出)を、色褪せない記憶として残せるよう。











「以上をもちまして、卒業証書授与式を終了致します。卒業生、退場」


左胸に花のコサージュを飾り、少し重みのある証書を抱えて在校生の間を通る。
一年前は見送る側だったのに、いざ自分がこの立場になると気恥ずかしい思いだ。



私達が国松さんを見送った時、彼は傑の写真と卒業証書を持って笑顔を見せた。

“一緒に卒業だ”そう言ってくれた優しい先輩。
笑顔で受け入れてくれた全校の人たち。

傑がこんなに沢山の人に愛されているのを知って、泣きたくなる位嬉しかった。

逢沢傑としての時間はもう動くことはないけれど。

あの時、あの場所で、
確かに傑は存在していた。








「っ千鶴…?こんな所にいたのか」

「あ、祐介。予想通りお疲れー」


無事に卒業式を終え、長年過ごしてきた愛着ある部室で物思いに耽っていると、まるで逃げ込むように慌てて入ってきた影一つ。

弱々しく吐き出された声と同様、もみくちゃにされたのか朝はパリッとしていた制服がすでにボロボロ。
当然ボタンも無くなっていて、走ったせいで乱れた髪の毛やら青ざめた表情やらが笑いを誘う。


「…笑うな。死ぬかと思ったんだぞ」

「ぶっ…ごめんごめん。モテる男は辛いね」

「…」


反省の様子が皆無の私をジトリと見据えた祐介は、未だ納得しかねないといった顔で私の隣に腰掛けた。
そっと髪を撫でてクセを直しても抵抗しないとは相当お疲れらしい。


「部室で何してたんだ?」

「今日で最後だし掃除でもしようかなって」

「悪いな、ありがとう」

「全然!楽しかったよ、公太と西島の秘蔵エロ本見つけたり!」

「よーし、お前ら三人後で鉄拳制裁の刑な」

「え、何で!?」


爽やかな笑みで鬼畜なことを言う幼馴染みに詰め寄っても鉄拳は逃れられそうもなかった。
経験者は語らせてもらうがアレは痛い。
痛い、かなり痛い。

反射的に距離を置こうと立ち上がり後退すると、近くの壁にぶつかってしまった。
鉄拳並みの痛みに、この壁め!と八つ当たりで見上げると、意外なものが映り目を瞠る。


「大丈夫か?…何だこれ」

祐介も同じものを認識したようで、壁に薄く刻まれたいくつもの線に眉をひそめた。
私は指でなぞり、小さく呟く。


「…私と傑が背比べした跡だよ」


自主練とキャプテン業務で遅くまで残っていた傑に度々付き合っていた時、私が言い出したのだ。
『比べるまでもないだろ』と言いながらも参加してくれる彼はつくづく甘いなぁと思った。

殆ど変化のない私の引いた線とは対称的に間隔がどんどん開いている傑の線。
それが悔しくて言い合いになったっけ、と回想すると不意に祐介が目に入る。


「…祐介、ちょっとここ立って」

「?」

「あ、やっぱり。祐介、傑の身長抜かしたね」

「え、マジで」

「うん、ほら」


驚く彼に新しく引いた祐介の身長の線を見せると、当時の傑より数センチほど上で。
ホントだ…とまじまじ見つめる彼を見ると、日々変わっていく顔つきや体格を改めて実感する。


駆も、奈々も祐介も、みんな変わり始めている。


人間は生きている限り変化するものなのに、私は何を恐れていたんだろうか。
いや、本当は今でも少し怖い。
ぬるま湯に浸かったままでいるのは楽で、ずっと立ち止まっていたから。
もう一度頑張れるのか、不安は消えない。



でも、一青さんが居場所を作ってくれた。

荒木先輩が導いてくれた。

少し先を歩く祐介が、私をずっと待ってくれていた。



だから私は、今ここに存在出来ている。

だから今度は私が貴方たちに恩返しする番だ。



「祐介、卒業おめでとう」

「ああ、千鶴も。…それから合格おめでとう」


だから、私は江ノ高に行く。
ちゃんと真正面からサッカーに、傑に向き合うために。


私を一番甘やかす傑と祐介から離れるために。


「ん、ありがと」

「でもびっくりしたよ。駆と美島さんも江ノ高だったなんて」

「私も。まぁ狼から奈々を守りやすくなったけどね!」

「はいはい…寂しくなるな」

「…そんなこと言わないでよ。離れにくくなるじゃんか。それにずっとお向かいで、しょ…、」


わざと明るく言って振り返ろうとするが、出来なかった。
背後には祐介がいて、壁に着いていた両手には彼の手が重ねられていて。
首だけでも動かそうとしたけど肩に乗せられた頭のせいでそれも叶わず。


「ど、どうした佐伯さん家の祐介くん」

「桜井さん家の千鶴さんの大バカ具合に涙が出そうです」

「んだとゴルァ」

「ごめん、俺今からすっごい嫌な奴になる。


…困らせたくなかった。だけど、やっぱり離れたくない。

千鶴が頼るのも、千鶴を甘やかすのも俺だけでいい、俺じゃないと嫌だ…!」



こんなに切羽詰まった祐介の声を聞くのは傑が亡くなって以来だった。
でも私には祐介の言葉の意味が解らなくて返事に詰まる。

胸が、苦しい。



「俺は、おれ、は――――っ」

「千鶴、祐介ぇー?母さんが写真撮ろうって言っ……て…

キャーーーーーーッッ!!!!」


ガチャリと扉を開けて呑気に現れた駆は、私達を見た瞬間、すぐ顔を真っ赤に染めて脱兎の如く駆け出した。
我が従兄はつくづくタイミングの悪い奴だと思った瞬間である。
いや、この時ばかりは助かったが。


「キャーーーーーーッッ
千鶴のバカぁぁぁぁぁあ」

「だから何で私ばっかり!?明らかに被害者!ていうか駆、お前はその女の子みたいな叫びを止めろっつの!乙女か!乙男か!」


到底追い付きそうもないので追跡は諦めた。
多分奈々がどうにかしてくれるよね。

ようやく自由になった体を祐介に向けると、彼は床に手をつき項垂れていた。
言うなればよくシルバがメールで送ってくるOTZのような体勢。

よく分からないけど私はしゃがんで彼に話しかける。


「…祐介、あのさ、私思うんだ」

「(死にたい…)なに」

「私は傑に依存してた。一番に頼って、甘やかされて。でも祐介は違うよ」

「…っ」


そう、祐介は違う。
傑じゃない祐介だからこそのかけがえのなさがある。


「祐介は私を甘やかすけど、同時に一番厳しいよね。ダメな時は本気で叱ってくれる。

だからこそ、依存じゃなくて、私は祐介と対等でいたい」


同じ目線で、同じものを見て。
一緒に成長していきたい。
私も皆を、祐介を支えたい。

前は口先だけで何の努力もしなかった。
だけど、もう二度と間違わないから。




「待ってて、私が祐介と同じピッチに立てる時まで」


笑いかけると、呆気にとられたような珍しい表情。
それから少し拗ねたようにぼやく。


「…まだ待つのかよ。もう何年間待ったと思ってるんだ」

「うっ…自分勝手で申し訳ないとは思ってます…」

「全くだ。…でも、そういう俺も千鶴に依存してたのかもな」


一言呟き、髪を掻き上げてこちらを見た彼の顔は晴れやかだった。
私を温かく包む、春風のような笑顔を見せて。


「待つよ。俺の一方通行歴は長いからな。今さらどうってことない」


だから、早く来いよな。


差し出された手を力強く取り、私は浮かぶ涙を必死にこらえて返事した。



あなたのとなりに
(すぐ追いつくから)

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