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「…何で私は荒木先輩と砂遊びなんかしてるんだろう。先輩って本当に幼稚ですね」
「文句言うにしてももうちょい包み隠せよ」
「あ、もうそこ触らないで下さいよ。トンネル作れないでしょう」
「何気にお前のが熱中してんじゃねーか!」
逃げようとすれば呆気なく捕まり、成り行きで砂の城を作る事になり、不本意ながら遊び心に火がついてしまった。
真冬にアホじゃねーの、とか思わないで頂きたい。
中々に城作りは難しいのだ、半分出来上がっているのに途中で止めるのは勿体ない。
「それより荒木先輩は一人で?マコ先輩は…まさかぼっちですか…すみません、聞いてはいけないことを」
「違ぇーよ!何で今日はボケなんだ、それは俺のポジションだぞ!誰にも譲るわきゃねーだろっ」
「反応する所おかしいと思いません?」
代わる代わるボケとツッコミのやり取りをしていても、お互い製作する手はしっかり動いている。
何故だかむくれた荒木先輩を横目で眺めていると気付かれたのか彼も私を見た。
そして沈黙が続き、今度こそシャベルを持つ右手が静止する。
おもむろに先輩は口を開いた。
「…なぁ桜井。何を悩んでるのか知らねぇし、二回しか会ったことない俺に言われるのは釈だろうけどよ」
「お前の辛気くせー面、ブッッサイクだから止めた方が良いぜ」
「あんたこそ包み隠せよ!仰る通りですけどね?何だよもうシリアス台無しだよ好感度が急降下しました!」
上げて落とされた分余計に胸くそ悪い。
勢い余って掴みかかろうとしたけれど、彼は笑って言葉を続けた。
「まぁでも、なんも知らない第三者の方が案外相談にのれるって言うだろ」
まぁでもお前が構わないならな。
そう言い残して、彼は砂いじりに戻った。
無闇に追及せず、選択肢を作って私の意思を尊重してくれる優しさに胸の奥がツキンと痛む。
その痛みもろとも、まるで懺悔するように私はがんじがらめになって離れなかった思いを吐き出した。
「…大事な人が、想いを伝える前にいなくなってしまって。後悔して、辛くなって、また逃げて…」
「始めは、彼の思い出から離れられたらそれで良かったんです。サッカーも、彼も全部嫌いになりたかった」
いっそ出会わなかったら
好きにならなかったら
「好きで何が悪ぃんだよ」
「、だって」
「そいつがもういないんだったら尚更、思い出まで消すことないだろ。お前がそれを大切にしなけりゃ、お前はそいつを否定する事になんだぞ。お前と過ごした時間もな」
「否定…」
考えたこともなかった。
忘れてしまえたらどんなに楽だろうと、ただそれだけしか望まなかったから。
荒木先輩は呆れ果てた顔を向け、面倒くさそうに呟く。
「大体なぁ、好きなモン嫌いになって何の利益があんだよ。お前の為にもそいつの為にもならねぇじゃねぇか。だったら好きを極めた方がよっぽどマシだろ」
――本当に嫌いになりたいのか?
そう問われて、私は小さく首を横に振った。
出来る訳がない。
サッカーも、傑も、傑と過ごした記憶も。
大事で大切で大好きだから。
そう、か。
答えは、とっくに分かり切っていたんだ。
「…ったくこんな簡単な答えも分からねぇとは。桜井は本物のバカだな」
「すみません…」
「謝るな。後悔してるのは俺も同じなんだ」
不意に沈んだ声音に驚いて彼を見上げたけど、見えたのは変わらずの表情。
気のせいかと思うのと同時に頬を痛みが襲う。
「…あにふんれふは」
「お前さ、まずは自分を好きになってやれよ」
「あ?」
砂だらけの手で両サイドから引っ張られ、怒りを全面にしつつ彼の言葉を解釈する。
しかしいくら思案しても全くもって理解不能。
「お前の話聞いてると自分が超絶大嫌いってオーラがスゲー伝わってくるぜ。そんなだから後ろ暗い思考しか出来ねぇんだろ。この完璧な俺を見習え」
「(ナルシストな王様は嫌だな…)」
「あんだとテメェ」
「いははははは!いはい!」
何で心が読めた!
暴れようとするが折角作った城が台無しになってしまうのを懸念してされるがまま。
終いには無理やり笑顔をさせられる。
「やっぱ最初の顔よりこっちのが全然いいな」
ようやく解放されたと思えば何とも的外れな発言。
無視して城作りを再開すると、暫くして小さな声が聞こえた。
「もしお前が“逃げ”だと思うなら…江ノ高に来いよ。俺がそのネガティブを変えてやっから」
「そんな簡単に言わないで下さいよ」
「出来るさ。俺は不可能を可能にするファンタジスタだからな」
「………余計なお世話です」
可愛くねぇの、とクツクツ笑う彼につられて私も微笑み、トンネル貫通を阻む最後の砂壁を崩した。
ひどく不恰好なそれは、
(でも決して陥落しないのだと)
「千鶴」
「ゆ…祐介」
「お前理数系は危ういだろ。受験するって決めたならきちんと合格してみせろ」
「う、うん」
「…今日から猛勉強だ。厳しくするけどちゃんとついて来れるな?」
「!うん!祐介、私頑張るから!」
「…当たり前だろ」
少しだけど、本当に少しだけれど。
進み始めている気がした。
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