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「こらこらマコくん荒木くん。練習中に女の子をナンパとは頂けませんね」

「げ、岩城ちゃん」


今日は白菜のクリーム煮にしよう、そう意識を飛ばしていると、第三者がこちらに申し訳なさそうな顔をしているのに遅れて気付く。


「いやぁ、うちの生徒が失礼しました。ちょっと目を離した隙に…」

「…うちの生徒?」

「はい、これでも実は江ノ島高校の国語教師でして。彼らサッカー同好会の顧問でもあるんですよ」


ほんのりと笑って、漫才コンビの暴走を止めた彼に驚いた。
出掛けた先でもサッカーと巡り会うなんて、変な所で運がある。

それにしても、



「高校生だったんですか…」

「んだと?俺らが中学生並みに幼稚だとでも言いたいのかコラ」

「自分で言っちゃ世話ねーよ荒木。ってか君、やっぱ中学生?」

「ちょうど受験生です」


荒木先輩(仮)の啖呵は無視してマコ先輩(仮)の質問に頷いて答える。
持ち上がり式の学校だから受験生の自覚はないが。
すると意外にも反応したのは彼らの先生だった。


「それは良かった!ぜひ我が校に来ませんか?サッカー同好会のマネージャーとして」

「あーっ!岩城ちゃんそれオレが言おうと思ってたのに!」

「えーと…」



展開に全くついていけないんですが。
そんな簡単に決めて良いのか先生。マネージャーをスカウトとか聞いたことねーよ。

思いっきり胡散臭げな声をもらすと、岩城先生は咳払いをして私に説明を始めた。



「私たちのサッカーはね、ナショナルチームの代表としてワールドカップで優勝するような―――スケールの大きなものを目指しているんです」

「!」

「島国サッカーが世界に通用するには、選手権優勝なんて小さな目標ではなくもっと大きく目標を持っていなければなりません」


自信に満ちた雰囲気に飲まれて思わず聞き入ってしまう。
傑達と約束した夢もワールドカップ優勝だったなぁ、と心が痛みはしたが。



「この子達が世界に羽ばたく姿、見てみたいと思いませんか?」



笑顔で漫才コンビを指す岩城先生、それに満面の笑みで応える二人。
認めたくないけど、胸の内に湧いてきた高揚感は確かだった。

…って私には関係ないか。


「マネージャーにワールドカップ云々言われても…。まぁ頑張って下さい、それでは」

「あれ?」

「ダメじゃん岩城ちゃん!」


いけないいけない、巧みな話術に騙される所だった。
血が騒ぐ前にこの場を去ろうとペダルに足を掛け漕ぎ始める。



「オイ!」

「まだ何か?」


しかし尻尾髪の人が何故か私を引き留めた。
迷惑極まりない顔で振り返ると、彼は臆することなくニッと笑う。


「俺は荒木竜一!お前は?」

「……桜井千鶴、です」

「桜井!江ノ高に来いよ、待ってるからな!」



やけに自信満々なその言い方は、でも別に嫌ではない。
逆に頼もしく思える姿はどことなく王様気質を思わせた。


根拠もないくせに、勝手なこと言いやがって。


文句は喉元まで出かかっていたのに、実際出てきたのは全く別の言葉だった。



「…運が良ければまた会いましょう」


風を切る背中に届いたのは、楽しそうな笑い声。
そういえば駆と奈々は別の高校に進学するんだよなぁ…と思い出しながら、家路を辿った。



揺れ動く思い
(新たな幕開けの予感)


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