03
act.2
「じゃあ大体揃った所で自己紹介しておきましょうか!」
多分この場の中で誰よりも喜んでいると思う位ハイテンションな女性―――百枝監督は顔の前で両手を合わせて私達に言った。
先程私と廉を勧誘してきた彼女はどうやら野球部の監督さんだったらしい。
女の人では珍しいな、と興味深く彼女を見つめる。
うーん、美人だ。
私以外からも好奇の視線を受けているのに気にも留めず、彼女は一番近くに居た練習着を着ている男子達に促した。
「阿部隆也です」
「栄口勇人ッスー」
成る程タレ目が阿部君で優しそうな笑顔が栄口君か。
…遠目では目付き悪いとか思って申し訳ない、阿部君。
「二人には春休みの間から手伝ってもらってるの!」
監督は補足の後にこう続けた。
「ウチは今年出来たばかりの新設でね、春休みはグラウンド整備から始めてたんだけど…。
でも今日は九人も」
「あのォ、やっぱ俺入るのやめます」
監督の嬉々とした言葉を遮ったのは冷ややかな台詞。
みんなが発生源を見ると、一番背の高いニット帽を被った男子が何とも興ざめな顔をしている。
「ええ!?何で!」
「何で…ってそりゃ、監督が女だから」
詰め寄る監督に対してなめた態度をとる彼に、私の堪忍袋の緒はぶち切れた。
隣の廉が体を震わせていたけど気にしてられない。
「別に野球部じゃなくてもいいし…」
「じゃあ早く他の部活行けば?」
「はぁ?な、何だよ」
彼と監督の間に入り固い声音で告げると、初対面の私に言われたのが驚いたのか僅かに焦っている様だった。
「女だから何?上手く指導出来ないって?男でも下手な人だっているじゃん。
私も君もまだ監督の事よく知らない。何も知らないのに馬鹿にしたり蔑ろにする権利はないよ」
それは目の前の彼に言っているよりも、自分やかつての仲間に言い聞かせているみたいだった。
「それに、監督を信じてここまで綺麗にグラウンド整えてくれた阿部君と栄口君にも失礼だと思わないの?
君の高い背は人を見下すためにあるんじゃないでしょ!」
「なっ……」
――――コッコッコッコッ
私が怒鳴って彼を見上げ、緊迫状態になるかと思ったが。
後ろから聞こえた慣れ親しんだ音に振り返ると、バットを手にした監督が硬球を器用に垂直ノックしていた。
「わ…上手」
「俺もやりたい!」
みんながそのブレない動きに釘付けになっていると、今までよりボールを大きく上げた監督はバットを握り直す。
「キャッチいくよ!」
彼女が打ち上げたボールは真っ直ぐに空高く上り、ミットを構えた阿部君の手に見事収まった。
「ナイキャッ!
どお?私の事、少しは分かってくれた?」
眩しい笑顔には似合わない位の素晴らしい技術に、実はこの人最強なんじゃないのか…と引きつった笑みを浮かべて思う。
「ねぇ、あなた名前は?」
「っあ、水無月…響です」
「響ちゃん、ね。ありがとう、さっきの言葉とっても嬉しかったよ!」
頭を撫でられて恥ずかしいような嬉しいようなもどかしい気持ちに顔が赤くなる。
美人に言われたら照れるって…!
大したことしてません、と返しても監督は笑っていた。
「あ、そうだ皆ジュース飲んでいかない?」
「え、でもどこに…」
「(ていうか監督、自己紹介は?)」
唐突に切り出された話題に一同は疑問を隠せなかった。
監督はおもむろに麻袋から甘夏を二つ取り出して両手に持ち―――
「ちょっと待ってね、今…」
ここからは多くを語らなくても分かるだろう。
分からなくても想像してもらいたい。
とりあえず、私の中で監督は最強だってことが確定しました。
恐怖による沈黙がその場を制していた時、どこかからガサッと草木が揺れる音がしたのを感じる。
その方へ視線をやれば、一瞬目の合った可愛らしい女の子は涙を溢したままフェンスの向こうへ駆けていった。
普通に怖いよね、私も怖かったもん!
でももしマネージャー希望の子だったら…。
「か、監督!今マネージャー候補らしき美少女がいたんで勧誘してきます!
廉、逃げちゃダメだからね!?」
はやる気持ちを押さえきれず、私は美少女の後を追った。
「は、あ。ちょ、待って!」
「ごめんなさいごめんなさいあんなに怖い所だとは知らなくって!」
「うん、気持ちは分かるけど監督の名誉のためにも落ち着いて!」
あまり時間を掛けずに追いついた彼女の華奢な手を掴むと、案の定取り乱された。
何だか私まで落ち着かなくて良い言葉が浮かんできやしない。
でもとにかく喋らなきゃと変な使命感にかられた私は、
「えと、甘夏は手で搾った方がきっと美味しいんだよ!
だって生だし新鮮だし!」
なんて世迷い言を言ってしまった。
それでも何故か止まって私を見た彼女に一押ししてみる。
「私もマネジ希望なんだ。
だから、もし良かったら野球部に来てくれない?」
「…少し、考えさせて下さい」
そう残して彼女は帰ってしまった。
ひ、引かれたかなやっぱり…!
生だから手の方が美味いとか本当何なの私!?
私が変人だから入部やめましたとか言われたらどうしよう…。
色々悶えて、私はある事に気付いた。
「…ここどこだっけ」
一歩ずつ近づく
(私とみんなの距離)
私が死ぬ気で頑張ってグラウンドに戻ってきた時既に日は落ちかけていて、様々なものが終わっていた。(三打席勝負だったりケツバットだったり)
しかも遅くなった罰として監督から頭握りの制裁をくらい、私のトラウマがまた増えたけれど。
翌日の朝に例の美少女がやって来てくれたのでまぁ良しにしよ…う。
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